ジョナサン・ノット指揮東京交響楽団川崎定期演奏会第49回

toukyo_nott_20150313143恋というものはそもそも一方通行の精神的悶えのようなもの。この苦しみこそが創造の源泉なのだろうと考えた。
贅肉の削ぎ落とされた圧倒的音楽。アルバン・ベルクの哀しき官能が極めて冷静に奏でられ、ワーグナー畢生の舞台神聖祝典劇が静かに、そして高らかに奏された。真に敬虔な祈り。

「抒情組曲」より「3つの小品」のどろどろした実に濃厚なエロス。第1曲「愛のこもったアンダンテ」は、当時の不倫相手であるハンナ・フックスへの恋心がいかに激しいものであったかを物語る。第2曲「神秘的なアレグロ」は収斂から解放へのドラマ。主部の細かいパッセージの不安の顕在化と中間部における優しき開放こそ今夜のひとつの見どころ。主部の再現における不安の回帰はベルクの本性を暴く。さらに、第3曲「情熱のアダージョ」の圧倒的音響。決して成就することのなかった作曲者の愛の恍惚と苦悩をジョナサン・ノットは丁寧に、そして想いを込めながらそれでいて飲まれることなく客観的に音化する。それにしてもコンサートマスターであるグレブ・ニキティンの独奏部の可憐な美しさよ。

東京交響楽団川崎定期演奏会第49回
2015年3月13日(金)19時開演
ミューザ川崎シンフォニーホール
クリスティアン・エルスナー(パルジファル、テノール)
アレックス・ペンダ(クンドリ、ソプラノ)
グレブ・ニキティン(コンサートマスター)
ジョナサン・ノット指揮東京交響楽団
・ベルク:「抒情組曲」より3つの小品
休憩
・ワーグナー:舞台神聖祝典劇「パルジファル」抜粋
―第1幕への前奏曲
―第2幕より抜粋
―聖金曜日の奇蹟

休憩を挟み、ベルクの惚れ惚れする熱い想いを一気に溶かすようなワーグナー最後の宗教劇。清廉で無垢なパルジファルの信仰とクンドリの内側に在るいかにも人間的原罪の錯綜がこの作品を一層崇高なものにしていることがわかる。
第1幕前奏曲は、冒頭の「愛餐の動機」からノットの独壇場。木管群と弦楽器群のユニゾンによる調べの何という美しい響き。そして、金管による「聖杯の動機」ではオーケストラの弱さを感じざるを得ない箇所もあったが、実に荘厳かつ深遠。

第2幕は、パルジファルの覚醒を描く最重要場面が採用される。前奏曲に続き、アタッカでこの幕に引き継がれるや上手袖からパルジファル役のエルスナーが登場し第一声。この歌を聴いて今回の「パルジファル」の素晴らしさ、成功を確信したのだが、何と言っても今宵のクンドリを歌ったアレックス・ペンダの圧倒的オーラに感無量!!その透き通った声、存在感の凄まじさ!!あの華奢な体躯から発せられる歌は見事な感情の坩堝。容姿といい声といい、クンドリはこうでなくてはならぬという見本のような歌唱だった。確かにノットもエルスナーも凄かったが、やっぱり今夜の立役者はペンダその人。感謝感激雨霰なのである。

あの人―あの人よ
その昔、私の嗤いを罰した人。
あの人の呪いが―そうよ―私に力を授けたんだわ。
罪深い男に共苦の情けをかけるというのなら
加勢を求めて、あなたにも槍を向けさせるわよ。
うん、お笑い草だわ!
共苦ですって!ならば私にも情けをかけて!
ほんのひとときでいい、私のものになりほんのひとときでいい、あなたのものにしてちょうだい。
日本ワーグナー協会監修/三宅幸夫・池上純一編訳「パルジファル」P79

第3幕から「聖金曜日の奇蹟」は、これまた引き締まった見事な演奏だったが、願わくばグルネマンツを登場させての3人の歌唱を観たかった。
オーケストラだけで奏でられるイングリッシュホルン、そしてクラリネットの旋律の哀しさ、儚さ。ここには中庸の、調和の、すべてがひとつになる「愛」の波動が存在した。感動。

 

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4 COMMENTS

畑山千恵子

ベルクは、妻ヘレーネがあまりにもプライドが高かったためか、ハンナ・フックス・ロベルティンとの結婚を考えていたようです。ヘレーネはオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世のご落胤でした。
もっとも、ベルクは若かりし頃、女中と恋仲になり、子どもをもうけました。そういう背景から見ると、ベルクは本当に結婚には恵まれていなかったようです。

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小平 聡

以前の記事へのコメントで恐縮です。
東響のこの川崎定期は私も聴きに行きました。メインの「パルジファル」について、ジョナサン・ノットの指揮はハーモニーの動きのなかからライトモティーフを浮かび上がらせる手際、パルジファルとクンドリーのやり取りでのドラマチックな盛り上げ方など緻密に計算されたものなのか、よかったですね。オケもゲスト歌手共々指揮者の要求によく応えていたと思います。アレックス・ベンダは素晴らしかった。
抜粋について、こういう仕方もあるのかとは思いましたが、聴き終わったあとに物足りなさが残ったのも事実です。グラールの場面はないし、グルネマンツもアムフォルタスもいないのでは、これで「パルジファル」かと??音楽的にもバスのないのがなんとも座りが悪く、オケについても心もち低声部が弱かったのでは。ノットさんには是非いつか一幕ずつでよいので全曲をステージに乗せてほしいですね。
ベルクも音の動きが鮮明で楽器間のバランスも良く、こちらの方が指揮者の資質に合っているのかなと感じました。

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岡本 浩和

>小平聡様
こんばんは。
コメントありがとうございます。

確かに第2幕の抜粋は中途半端ではありました。とはいえ、「パルジファル」である意味最重要な場面が素晴らしい演奏で聴けたことには感謝だと僕は思っております。ただ、おっしゃるようにノットにはいずれ「パルジファル」全曲を採り上げてほしいということには賛成です。
ベルクも素晴らしかったですよね。

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