バーンスタイン指揮ACOのベートーヴェン「荘厳ミサ曲」(1978Live)を観て思ふ

beethoven_missa_solemnis_bernstein_aco_dvd心より出―そして再び―心にかえらん。

もの凄い速度で昇ってゆく。
信仰とは言葉でなく、心であり、また魂だとあらためて思った。
ベートーヴェンは世界をひとつにすることを理想に掲げ、交響曲第9番では「諸人よ、抱擁せよ」と合唱に歌わせた。
一方、同時期の荘厳ミサ曲は、宗教作品でありながら教会の典礼での演奏を前提にしたものでなく、あくまで通常の演奏会の舞台で披露することを目的に創造されたものだという。
確かにここにあるのは楽聖の内面の闘争と安寧の物語であり、キリエ冒頭からアニュス・デイの最後まで息つく暇もないほどの緊張感と重量感に閉ざされ、崇高さと静けさに満たされている。

舞台上、宇宙が鳴り響く。
指揮者は熱狂し、歌手や合唱、そしてオーケストラはその指示に応えんと(飲まれることなくあくまで冷静に)入魂のパフォーマンスを披露する。どの瞬間も熱く、そして篤い。この神を讃える音楽の向う側、すなわち客席を覗いてみると、興味深いのは実に隔離された、冷静な大勢の聴衆の姿が浮かび上がること。

交響曲第9番が客席も舞台も関係なくホール全体を揺るがし、ひとつであるのに対し、荘厳ミサ曲は演奏者と聴衆との間に大きな壁を作る。なるほど第9は祝祭だ。しかし、ミサ曲はやっぱり儀式であり、それ自体がイデオロギーなのである。

第1章キリエ中間部、「キリスト、憐れみたまえ」における四重唱の融け合う美しさ。
何よりこの演奏の素晴らしさは、バーンスタインの指揮もさることながら独唱者各々の力量とそのアンサンブルの絶妙さである。
敬虔な第2章グローリア第2部の「我らを憐れみたまえ(ミゼレーレ・ノービス)」での4人の歌声も人間臭さを超え、聴く者の魂を打ちのめす。
あるいはまた、第3章クレド第2部「聖霊によって処女マリアより生まれ」における、穏やかで緩やかな合唱と独唱の交わりに心洗われ、天使の如くのフルートのトリルに涙する。

・ベートーヴェン:ミサ・ソレムニス(荘厳ミサ曲)ニ長調作品123
エッダ・モーザー(ソプラノ)
ハンナ・シュヴァルツ(アルト)
ルネ・コロ(テノール)
クルト・モル(バス)
ヒルヴァーサム・オランダ放送合唱団
ヘルマン・クレバース(ヴァイオリン独奏)
レナード・バーンスタイン指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団(1978.2.26-3.4.Live)

荘厳ミサ曲は決してとっつきやすい作品だとは言えまい。
おそらくベートーヴェンの数多の傑作の中でも最も難解なものだろう。それでも後半、サンクトゥスとアニュス・デイについては無条件に感動させられるのだ。何とも静謐な音の流れと奥深い精神性と。
音楽の外面と内面のある一点での融合。聴く者はベートーヴェンの世界の内側を回遊する。

ベネディクトゥス手前の弦楽器による静かな前奏の神秘と、続いて終始オブリガート風に奏されるクレバースによる独奏ヴァイオリンのあまりの優しい音色にも涙。そして、第5章アニュス・デイの粘りとうねり、また音楽の深遠さに震え、特にハンナ・シュヴァルツの心情吐露するような堂々たる名唱に感動。

ベートーヴェンはあらゆる法則を破ったけれど、それにもかかわらず、思わず息をのむような正確さをもった作品を書いた。正確さ―そう、まさしくこれなんだ。どんな音符が続いている場合でも、最後の音符が、前後の関係からみて、その瞬間にあり得る唯ひとつの音符だという感じがしたら、それはベートーヴェンの曲を聞いているときなのだ。メロディ、フーガ、リズム、そういったものはチャイコフスキーやヒンデミットやラヴェルに任せておけばいい。本当の美質、天から与えられた素質、おしまいに人を感動させる力を持っているのは、ぼくたちのベートーヴェンなのだ。
レナード・バーンスタイン/吉田秀和訳「なぜベートーヴェンなのか?」(1960)
~「音楽の手帖 ベートーヴェン」(青土社)P76

かくあるべきか?
かくあるべきなり。

 

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3 COMMENTS

雅之

52歳でブラームスは第4交響曲を書きチャイコフスキーが「悲愴」交響曲を書いたと思うと、何だか諦観に包まれてしまいますが、一方では同じ52歳でブルックナーは壮大な第5交響曲を書き、53歳でベートーヴェンは「荘厳ミサ曲」を書いたわけです・・・。

独身のおじさんたち、やるなあ!!

僕も今を頑張ろうと思いました。

返信する
岡本 浩和

>雅之様

なるほど、そう考えると我々も「よい年」なんですね。(笑)
まったく天才たちはやることが違います。
僕も今を頑張ろうと思います。

「悲愴」と「荘厳ミサ曲」が同じ年齢に書かれたというのが面白いですね。
確かに対比です。

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