滑川&デイヴィスのモーツァルト「魔笛」(ツェムリンスキー編曲連弾版)(2004.7録音)を聴いて思ふ

mozart_zemlinsky_zauberflote434「魔笛」がモーツァルトの自信作であり、また初演当時、周囲の専門家たちの評価も相当高かったことがモーツァルト自身の手紙から読み取れる。
おそらく・・・、台本に不備があるなどというのは後世の(それによって都合を悪くするだろう)人たちが工作した中傷のための創作話なのでは?そんなように思えてならない。

ぼくの音楽だけではなく、台本も、何もかもひっくるめて、二人(サリエーリとカヴァリエーリ)には大いに気に入った。これこそオペラというものだ―どんなに大きな祝祭にでも、どんなに偉い君主の前でも上演される値打ちがある―こんなに美しい。こんなに気持のいい出し物は見たことがないから、これからもきっと何度も何度も観に来るだろう―などと、言っていた。サリエーリはシンフォニア(序曲)から最後の合唱まで、とても熱心に聴きもし観もしていたが、あの人の口から「ブラヴォー」とか「きれいだ」とかという言葉を誘い出さない部分は、ひとつもなかった。
(1791年10月14日・15日付、妻コンスタンツェ宛手紙)
柴田治三郎編訳「モーツァルトの手紙(下)」(岩波文庫)P211-212

アレクサンダー・フォン・ツェムリンスキーが先達アマデウスへの尊敬の念を込めて編曲した「魔笛」全曲。いわば言葉のない「魔笛」。何より「魔笛」が、旋律の宝庫であることが一層強調される。
オペラや交響曲などのピアノ編曲は手軽に作品を享受できるという意味で、一般市民が家庭で音楽を手軽に再生する術のなかった19世紀には大いに意義あるものだった。とはいえ一方で、作曲家が音楽に託した(また、その楽器によって奏するのでなければならないとした)真の意味を知るのには逆に壁を高くするものだと思い込んでいたが、さにあらず。

「火」と「水」は、それぞれ「太陽」と「月」と同族であると同時に、「男」と「女」も指示している。それらは、明らかにタミーノとパミーナである。
ジャック・シャイエ著/高橋英郎・藤井康生訳「魔笛―秘教オペラ」(白水社)P117

第2幕第21番フィナーレにこそ人類が悟りを得るための鍵が託されているのである。そして、30分にも及ぶこのラスト・シーンのツェムリンスキーの音楽は、この編曲における最大の聴きどころ。

フリーメイスン結社は、神、すなわち「宇宙の偉大なる建築者」の信仰を公に認めていた(今日でも数多くの支部で認めている)が、「聖なる法典」、すなわち聖書、コーラン、ヴェーダ、そして他の宗教のもろもろの聖典を平等に崇拝しており、さまざまな宗派の一つを選ぶことには反対であった。
~同上書P317

ともかく対立を避けよと。
特に、タミーノとパミーナが「火」と「水」の試練を受けるシーンにそのことは如実に示され、ここの音楽がまた素晴らしい。

すでに述べたように、「火」と「水」は、「男」と「女」の象徴である。以後、分かつことのできない「カップル」として」結ばれた「男」と「女」は、ともに区別なくそれらの試練の刻印を押され、対等にその危険に打ち勝たなければならない。
~同上書P322

何事も元はすべてひとつだということ。これこそイニシエーションなのである。
カルマを火(すなわち太陽)で焼き、水(すなわち月)で流すという法。
世界の陰陽をここで「一体」にする儀式ということか・・・。ツェムリンスキーが意識していたことはないと思うが、1台のピアノを連弾するという方法で示された「魔笛」の奇蹟。この(単一の)音色でこそ意味を成すのだ(その上、奏者が滑川真希(女)とデニス=ラッセル・デイヴィス(男)とくるのだから言うことなし)。

ルール・ピアノ・フェスティヴァル・エディション第10集
・モーツァルト:歌劇「魔笛」K.620(ツェムリンスキー編曲ピアノ連弾版)
滑川真希(ピアノ)
デニス=ラッセル・デイヴィス(ピアノ)(2004.7.24-26録音)

何と美しい輝き。
言葉を持たない「魔笛」は、であるがゆえに一層僕たちの魂に響く。
低音部の激烈などよめきと、高音部の崇高な祈りの対比。
ちなみに、2人のピアニストがパパゲーノとパパゲーナになり切って奏する「パ・パ・パの二重唱」の愉悦と愛らしさに感動。
また、ラストの大団円の歓喜と光輝に魂揺れる。

オシリスの神よ、汝に感謝する、
イシスの神よ、汝に感謝する!
「名作オペラブックス5 モーツァルト 魔笛」(音楽之友社)P185

 

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3 COMMENTS

雅之

あるいは、女(卵子)は「太陽」、男(精子)は「ほうき星(彗星)」かも・・・・。

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岡本 浩和

>雅之様

なるほど!男は本当に弱いですからね。
男が「彗星」だというのも言い得て妙です。
さすが雅之さん、視点がすばらしいです!

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