アンダ フリッチャイ指揮ベルリン・フィル ブラームス ピアノ協奏曲第2番(1960.5録音)ほか

指揮者とは、その知識を音楽に翻訳でき、オーケストラの楽員たちと連帯感、仲間意識を築けてこそ存在しうるのだ。正反対な考えにも耳を傾け、彼らの先を行き、納得させ、味方につける。そのうえでこそオーケストラを意のままに操るだけでなく、協働による創造を成し遂げることができるのだ。指揮者は人々を自分のもとに統合するのではなく、オーケストラを真の友人として、作品へ導いていかねばならない・・・。
「そのような教えを喜ばない者は、人としてはふさわしくない」
フェレンツ・フリッチャイ著/フリードリヒ・ヘルツフェルト編/野口剛夫(訳・編)「伝説の指揮者 フェレンツ・フリッチャイ 自伝・音楽論・讃辞・記録・写真」(アルファベータブックス)P26-27

その昔、ヴィルヘルム・ケンプの独奏によるブラームスのピアノ協奏曲第2番を聴いたとき、ぶっ魂消た。指揮が誰だったのか、オーケストラはどこだったのかすっかり記憶の彼方だけれど、何だか柔和で、それでいて枯れたような、侘び寂の極致のような演奏と、何よりブラームスの、ほとんど交響曲然とした美しくも堅牢な構成の作品の魅力にとり憑かれたのだった。

かの協奏曲の名演奏、そして名盤は数多ある。愛聴盤もたくさんあるけれど、遅ればせながら最近ようやく耳にした抜群の演奏がゲーザ・アンダ独奏のものだ。この、生き生きとした、輝ける演奏の主役はもちろんピアニストその人だが、それ以上にフェレンツ・フリッチャイの指揮がものをいう。フリッチャイは、音楽そのもので自身の思考を体現していると思う。

・ブラームス:ピアノ協奏曲第2番変ロ長調作品83(1960.5.9-12録音)
ゲーザ・アンダ(ピアノ)
フェレンツ・フリッチャイ指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
・ブラームス:ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲イ短調作品102(1961.6.3-5録音)
ヴォルフガング・シュナイダーハン(ヴァイオリン)
ヤーノシュ・シュタルケル(チェロ)
フェレンツ・フリッチャイ指揮ベルリン放送交響楽団

ベルリンはイエス・キリスト教会での録音。
音楽はデュナーミク、アゴーギク、すべてが理想的で、どの瞬間も作為がない。それは、まさにフリッチャイが書くように、「協働による創造」の最適・最良のケースだと思う。帝王カラヤンのオーケストラを、単に自らの手足として機能させるのではなく、それはあくまで互いに寄り添っての演奏であり、相互の信頼あってのものだろうことが容易に想像できるものだ。

ふと過ったのは、四半世紀前に訪れた、夏のバーデン=バーデンで感じた何とも表現し難い懐かしさ。クララとともに歩んだ壮年のブラームスは、イタリア旅行の思い出とともにおそらくクララへの愛情もこの作品に刷り込んだのではなかったか。
僕はいつも第3楽章アンダンテに癒されるが、その思いはアンダ&フリッチャイの演奏で倍加する。感動だ。ちなみに、シュナイダーハン、シュタルケルとの二重協奏曲についてはまたいずれ。

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