マリア・ジョアン・ピリス・プロジェクト

chopin_pires.jpgすみだトリフォニーホールで開催されたマリア・ジョアン・ピリスのコンサートに行く。1800人収容というホールがほぼ満席の盛況ぶり。開演前の聴衆の期待感に溢れた空気がこれまた刺激を誘う。そして何より晩年のショパンの傑作群を中心にしたプログラム構成と演出がとにかく有無を言わせぬ素晴らしさであった。まずは事前のアナウンスで、アーティストの希望により曲間の拍手はしないよう要請される(何と!)。よってチェリスト、パヴェル・ゴムツィアコフが出番でない時に着席するための椅子と譜めくり者用の椅子の2脚が舞台上手に最初から置かれていた。

客席の照明が落とされると、万雷の拍手喝采の中、ピリスとゴムツィアコフが登場。1曲目のグラズノフ編曲による「練習曲第19番ホ短調作品25-7」からチェロのため息が出るほど美しい調べに恍惚となる。ショパンの原曲以上の説得力を持つ音楽。これによって会場がまずは浄化される。静寂の中、チェリストが上手に移動し、着席するや間髪入れずピアノ・ソナタ第3番ロ短調作品58の例の美しい第1主題がピリスの両手からおもむろに紡ぎ出される。僕はこれまでポリーニ、ポゴレリッチなどの実演を聴いているが、最も安定し、最も安心して聴けたのが今日の演奏。ショパンしか感じさせない理想的なテンポとディナーミク。決して解りやすい初心者向けの曲とはいえないが、これほど「行き先」が明確に見える演奏は極めて稀なんじゃなかろうか。フィナーレの後半部で、ゴムツィアコフが静かに移動、所定の位置に着くなり、今度はリスト作曲の「悲しみのゴンドラS.134」(何と二重奏版!)。ワーグナーの死を予感して生み出されたこの傑作の二重奏版は初めて耳にしたが、「トリスタンとイゾルデ」が木霊する世にも悲しげな旋律はチェロの音色をもってこそ相応しいように思えるのだ。慟哭の調べが心に奥底に染み渡る。
休憩後には、ショパンの「マズルカト短調作品67-2」と「イ短調作品67-4」。哀愁のマズルカ。純白のショパン。そこにはもはや演奏者ピリスの影はない。

pires_20090422.jpgところで、今夜の白眉は次の「チェロ・ソナタト短調作品65」とショパンの絶筆「マズルカへ短調作品68-4」。黙々と祈りのように音が紡ぎ出される様を、ただただ息を凝らして見ているだけで、震えが止まらなくなるほどの感動が押し寄せてくる。こんなにも美しい音楽があったのか・・・。最晩年のショパンは、不治の病、そしてジョルジュ・サンドとの不仲と別れの中で、筆舌に尽くしがたい苦悩の中にいたであろうことが容易に想像されるが、そういう中でも希望を捨てずに生き延びようとする前向きな姿勢を感じさせてくれるチェロの響き。そしてまた、最後のマズルカのもはや力尽きたかのような「諦念の想い」の対比。それでもショパンは幸せだっただろう。最後の音が消えると同時に舞台は暗転。「これでいいのだ!」という言葉にならない言葉を残し、ショパンは旅立って行った・・・。

何ともお洒落で感動的なコンサートだった。昨年リリースされた後期作品集からの楽曲を中心にプログラムされていたが、そこには実演ならではの深い感動があった。

今はまだ余韻に浸っている。帰って早速音盤を聴く気にもならない・・・。いつぞや採り上げた、かの音盤を頭の中だけで鳴らして追想しよう・・・。

ショパン:後期作品集
マリア・ジョアン・ピリス(ピアノ)
パヴェル・ゴムツィアコフ(チェロ)


4 COMMENTS

雅之

おはようございます。
やっぱりピリスの実演は最高でしたか! 特に、私も偏愛するチェロ・ソナタの超名演を生で聴かれたとは、何とも羨ましい限りです。
今回は感動の余韻を冷ますといけませんので、文字数を控え目にします(笑)。
今度の日曜日は、娘のピアノの発表会です。一生懸命だった発表会の練習が終わったら、そろそろ、そういうリサイタルでの真の感動を、娘にも経験させてやりたいものです。

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岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。
最高でした!粛々とプログラムが進んでいく様は何だか本当にショパンの葬式のようでした。もちろんアンコールもありません。
>そろそろ、そういうリサイタルでの真の感動を、娘にも経験させてやりたいものです。
子どもの頃からそういう経験をさせようとしてくれる親に育てられるっていうのは羨ましいですね。
ところで、お嬢さんは発表会で何を弾かれるんですか?

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雅之

>お嬢さんは発表会で何を弾かれるんですか?
L.C.ダカン作曲 《クラヴサン曲集第一巻》より「かっこう」と、メンデルスゾーン作曲《無言歌集》より「狩人の歌」です。両方、娘にとっては超手ごわい曲のようです(笑)。

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岡本 浩和

>雅之様
こんばんは。ダカンの作品は聴いたことがないですが、なかなかの選曲ですね。一生懸命練習してらしたでしょうから、発表会当日が楽しみですね。

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