ユングヘーネルのモンテヴェルディ「聖母マリアの夕べの祈り」(1994.9録音)ほかを聴いて思ふ

ピエール・アンリが死んだ。享年89。
かつて、彼の音楽にモーリス・ベジャールが振付をしたモダン・バレエに、僕はとても衝撃を受けた。それゆえに、僕にとってピエール・アンリの音楽はベジャール・バレエと結びついてしまっている。
彼の、実験精神あふれる「ミュージック・コンクレート」と呼ばれるジャンルの作品は、今でこそ違和感や拒絶感は少ないかもしれぬ。しかし、50年以上も前に、まだテープ録音が普及していないあの時代に、恐るべき革新的な方法で「音楽」を創造したその進取の志と勇気を僕たちは忘れてはいけない。そしてまた、彼の作品がモーリス・ベジャールとの共同作業から生み出されたものであったことも忘れてはならない。
久しぶりに聴いた「現代のためのミサ」に舌を巻いた。実に素晴らしい。

現代のためのミサ/ピエール・アンリ・コレクション
・現代のためのミサ(1967)
・緑の女王(1963)
・旅(1962)
・扉とため息のためのヴァリエーション(1963)

ところで、今日の朝日新聞の文化・文芸欄には、一柳慧さんの「語る―人生の贈りもの―」の最終回が掲載されている。そこには、実に示唆に富む、音楽家に限らずどんな人にも通用する生きるヒントがある。

《西洋音楽は、旋律や和声やリズムなどの枠組みで全ての音を律する。そうした「決まり」から飛び出した現代音楽は、いわば身内から異なる価値観を示し、権威に疑いの目を向け、世界との新たな対話の道を探るものだった》
これはまさしくジョン・ケージから受け継ぎ、今なお私の中で育ち続けている精神です。でも、ケージはベートーベンが嫌いだったなあ。私は最高だと思うのですが。型を知り尽くした型破り、揺るぎない構築への志向と、我を忘れるくらいの奔放な精神。この両方を持っている人なんて他にない。自分のスタイルに固執し、それを展開させることで一生が終わってしまう人が多いなか、ベートーベンは自分のスタイルが完成しそうになってくるたびに打ち壊し、前に進んでいる。
~2017年7月7日付朝日新聞

何事においても既成概念を打ち壊し、前に進むことが重要だ。

ちなみに、今年はクラウディオ・モンテヴェルディ生誕450年の記念年。
東京では、彼の滅多に演奏されることのない作品たちがここぞとばかりに舞台にかけられるようだ。どれほど時代を遡っても人間の、芸術家の革新的創造精神は不滅だろう。おそらくモンテヴェルディの場合も、ベートーヴェンと比肩する革新者であったのではなかろうか。
例えば、「聖母マリアの夕べの祈り」。正確なことはわからないそうだが、これまでの学者の研究からこの作品は一声部につきひとりの独唱者によるアンサンブルによって本来は演奏されたという説が今では有力らしい。

・モンテヴェルディ:聖母マリアの夕べの祈り(1610)
コンラート・ユングヘーネル指揮カントゥス・ケルン&コンチェルト・パラティーノ(1994.9録音)

確かにその学説に基づいて奏されたユングヘーネル盤の透明感と崇高さは他に類を見ない。
冒頭、6声の合唱と8声の器楽合奏によるイントナツィオ「神よ、わが保護に―主よ、われを助けに」から僕たちは400余年前の世界にタイムスリップする。人間の声がこれほどまでに優しく響いたことがあったろうか?また、二重唱によるコンチェルト「わが愛する者よ、汝は美し」の静謐で誇り高い音楽に癒される。そして、7声、即ち定旋律をうたうテノールと各3声の複合唱による詩篇147「イエルサレムよ、主を讃えよ」に現れる深い信仰と愉悦の心。僕は、先月実演を聴いたタリス・スコラーズの妙技を思い出した。
人間の声の素晴らしさ、美しさ。

主は、汝の門の貫の木を堅くし、
汝のうちなる子らを祝し給えり。
主は、汝の国境を安らかにし
豊かな小麦もて汝を飽かせ給う。
主は、その御言葉を地に下し
その御旨は速やかに走れり、
主は、羊毛のごとき雪を降らせ
灰のごとき霜をまき給う。

クラウディオ・モンテヴェルディ、1643年11月29日没。
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン、1827年3月26日没。
そして、ピエール・アンリ、2017年7月5日没。
少々無理があるが、ベートーヴェンを軸にしたミラー構造(?)。現代の有能な革新者がまたひとり逝った。

 

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3 COMMENTS

雅之

先日、印象に残った井上道義の言葉を読みました。

「人は話しても話してもわかりあえないけど、言葉を尽くすしかない。音楽だけでは足りないし、言葉だけでも足りないから、バーンスタインがあらゆる手を尽くし語りかけようとしている。『ミサ』はそんな作品だと思う」

「聞く耳持たぬ時代」への声 バーンスタインの舞台作品「ミサ」 大阪で14・15日 朝日新聞デジタル 2017年7月3日 配信記事より

http://www.asahi.com/articles/photo/AS20170703002577.html

バレエもまた、人がわかりあうための手段のひとつですね。

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岡本 浩和

>雅之様

さすが道義さんですね。納得です。

>バレエもまた、人がわかりあうための手段のひとつ

おっしゃるとおり!

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