クラリネットの音色

tsuda_michiko_saiote.jpg過日、ニューヨークのヴィレッジ・ヴァンガードでの歴史的ライブ録音を採り上げた。そう、コルトレーンがエリック・ドルフィーと協演したジャズ史上屈指のライブと言っても言い過ぎではない実況録音盤である。そこでドルフィーが手にするのはバス・クラリネット。
『超人ピタゴラスの音楽魔術』(斉藤啓一著)によると、クラリネットの音色は、「とらわれのない楽観的な気持ちを引き出し、自由奔放に自分を表現できる自発性を養う。ユーモアのセンスを養う。自分自身の個性を発揮して伸び伸びと生きたいとき、つまらないことにくよくよしているときなどに聴くとよい。」ということらしい。確かに歴史上著名な音楽家たちがこの楽器の音色に刺激を受け、名作を幾つも残している。

1891年の今日、ブラームスの晩年の名作「クラリネット五重奏曲ロ短調作品115」が「三重奏曲作品114」と共に初演された。創作力の衰えを感じ、もはや音楽家として活動することに限界を感じたブラームスが遺書を認めたのが同じ年の初夏。しかしながら、クラリネット奏者リヒャルト・ミュールフェルトとの出会いが、この老作曲家の創造意欲を再びくすぐった。これにより、以後いくつかのクラリネットを軸にした名作群が生み出されることになる。特に、作品115の五重奏曲は初めて耳にした時から虜になった名曲で、第2楽章の「咽び泣く」旋律が晩秋の気配とマッチし、聴くものを「深遠な孤独の世界」に誘ってくれる。厭世的な旋律の中にまさに「とらわれのない楽観性」を秘めたクラリネットの響きが、あくまで人間的な、あまりに人間的な世界を表出させる。

ところで、ピアニストの津田理子さんのお母様から妻宛また嬉しい贈物をいただいた。2004年に録音されたポルトガルのクラリネット奏者アントニオ・サイオテ氏と津田さんのデュオ・アルバム。
題して「二人の芸術家の肖像~クラリネットとピアノで綴る近代音楽の世界~」。バルトークと吉松作品に挟まれるかっこうで20世紀の作曲家たちの作品がずらりと並ぶ。

「二人の芸術家の肖像~クラリネットとピアノで綴る近代音楽の世界~」
・バルトーク:ルーマニア民俗舞曲集(セーケイ編曲)
・ランパルト:断章”H”(クラリネットとピアノのための)
・ヴィドール:序奏とロンド作品72
・ラパ:全てでもなく、無でもなく
・ベンジャミン:ラヴェルの墓(奇想的ワルツ)
・吉松隆:鳥の形をした4つの小品
アントニオ・サイオテ(クラリネット)、津田理子(ピアノ)

バルトークと吉松以外は初めて聞く名前だが、どれも魅力的だ。20世紀の作品となると前衛性が前面に押し出されてなかなか一筋縄ではいかない作品が多いのだが、これらはいずれも聴きやすい。ランパルトの「断章”H”」など、ドラマや映画のBGMにでも使われているのでないかと思わせるほどの親しみやすさをもつ。それにしても津田理子さんのピアノは、単なる伴奏に終わらず、かといって主張し過ぎることもなく、見事なバランスでサイオテ氏のクラリネットを支えている。とにかく余裕がある。ヒナステラのときにも感じたが、「愛」のある音楽を奏でられる。機会があれば一度お会いしてお話をうかがいたいものだ。


2 COMMENTS

雅之

おはようございます。
津田理子さんの「ヒナステラ:ピアノのための作品全集」のCD、愛知とし子さんに教えていただいた方法で購入し、先日届きました。津田さんのお母様からの丁寧な勿体ないお手紙や、津田理子さんの直近のコンサートのパンフレットなどもまで添えられており、恐縮しつつも、感謝至極です。まだ一度聴いただけですが、南米や民族音楽に開眼した今年に購入したクラシック音楽CDの中で、間違いなく私的ベスト5のお気に入りになりそうです。ご紹介いただきましたこと、心より感謝いたしております。
ご紹介の盤も素晴らしいのでしょうね。知らない曲も多いですが、選曲のセンスも抜群に魅力的な感じです! まず、ヒナステラ作品集を、大切にしっかり聴き込んでから、ぜひまた購入してみたいと思います。
また、お母様のお手紙によりますと、津田さんは当地でもよくコンサートやリサイタルを開かれているご様子、次回開催の折りには必ず行きたいです。
そういえば2007年5月、私は東京文化会館小ホールで、廻由美子さんのスーパー・ライブを聴いているのですが(プログラム全体がライヴ録音CDになっている)、
http://www.towerrecords.co.jp/sitemap/CSfCardMain.jsp?GOODS_NO=1702047&GOODS_SORT_CD=102
当時聴いたとき、いかに自分が「猫に小判」「豚に真珠」状態だったかを思い知らされます。マクロコスモス(クラム)、ミクロコスモス(バルトーク)、トッカータ ハ短調(バッハ)、ヒナステラ、そしてアンコールのビル・エヴァンス・・・、こちらの「自分軸」が成長・進歩した今見ると、宇宙、民族、近・現代音楽、ジャズといったテーマを網羅し、こちらのプログラムも津田さんのCDと並んで最高に魅力的でカッコいいです。
今年は岡本さんのおかげにより音楽に対する視野がすっかり拡がり、ドイツ音楽に極端に偏った私の偏食嗜好から完全に脱却することが出来ました。今ではガムランの音盤まで愛聴しているのですから(笑)。
津田理子さんのヒナステラを聴きながら、ふと南米文学の最高峰のひとつで愛読書だった、G. ガルシア=マルケス の、「百年の孤独」
http://www.amazon.co.jp/%E7%99%BE%E5%B9%B4%E3%81%AE%E5%AD%A4%E7%8B%AC-G-%E3%82%AC%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%82%A2-%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%82%B1%E3%82%B9/dp/4105090089/ref=sr_1_2?ie=UTF8&s=books&qid=1260648582&sr=8-2
を、約20年ぶりに読み返したくなりました。

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岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。
>津田さんは当地でもよくコンサートやリサイタルを開かれているご様子
そうなんですよね。もともと瑞浪芸術館つながりでご紹介いただいたわけですから、名古屋方面でもしばしばコンサートを開催されているようですね。
>廻由美子さんのスーパー・ライブ
このアルバムは未聴ですが、内容を見る限りかっこいいですね。アンコールにビル・エヴァンスをやるとは!!実演を聴かれているとは羨ましい限りです。
>音楽に対する視野がすっかり拡がり、ドイツ音楽に極端に偏った私の偏食嗜好から完全に脱却することが出来ました。
いやいや、偏食嗜好だなんて・・・。雅之さんはもともと様々な分野に造詣が深いですよ。僕のほうこそ勉強させていただいております。
「百年の孤独」は僕も15年ほど前に読みました。確かに触発されますね。

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