小さなプロフェッショナル

chet.jpg学習院大学特別客員教授木谷宏氏の講演を聴いたのだが、その中で先生がもたれているゼミの授業での話がとても面白かった。「『プロフェッショナル』という言葉で思い浮かぶ職業は何ですか?」という問いに対して、一般的にはスポーツ選手や芸術家、あるいは医師や弁護士といういわゆる士業などを挙げる人が大半を占めるという。『プロフェッショナル』って一体何なのだろう?ある学生が考えに考えた末、プロとは「挫折を知っている人」と答えたという。なかなか面白い回答だなと思ったそうだが、一方、その答に対して別の学生が、「いや、挫折を知っているのはもちろんだが、それを前向きなエネルギーに変え、乗り越えた人」だと切り返したのだという。こういうことを言うのはそもそも偏見に近いが、いまどきの学生も馬鹿にしたものじゃない、「なるほど!」と感心した。

『プロフェッショナル』というとあまりにも遠い存在のように感じるらしい。とても自分には届きそうもない雲の上のような存在、そんなふうに感じてしまうのだと。要は一握りのエリートのことを指しているようについつい思ってしまうのだ。では、そういう学生がモティベーションが低いのかと言えばさにあらず。普通の人たちよりはずっと将来のことを考えているし、仕事やキャリアについても真剣なのである。

先生とのいくつかの問答の末、ある学生の提案により「小さなプロフェッショナル」にならなれそうだという結論に達したらしい。なるほど、これも上手い表現だ。もう50年も前にピーター・ドラッカーが「プロフェッショナル」について次のように定義した。「高度に専門化」し、「組織ではなく職務に帰属」し、そして「成果で測られる存在」であると。

ひとつのことを10年も継続すると、誰でも「プロ」といえる存在になれる。だからこそ、どんな職業であっても自負を持ち、どんなに目先が辛くても途中で放棄せずに続けることが大切なんだ。

Chet(1958.12.30&1959.1.19録音)

Personnel
Chet Baker(tp)
Pepper Adams(bsax)
Herbie Mann(fl)
Kenny Burrell(g)
Bill Evans(p)
Paul Chambers(b)
Connie Kay(ds)
Philly Joe Jones(ds)

チェット・ベイカーの中性的な歌声にしびれ、毎日のようにチェットを聴いていたあの頃が懐かしい。その彼が、もう一つの本業であるトランペットの妙技を、ビル・エヴァンスやハービー・マン、ケニー・バレルらの協力を得て吹き込んだ傑作バラード集。帝王マイルスが嫉妬したというのも頷ける。それほど彼のトランペットの伸びと艶やかさ―何といってもそのエロティックさは類をみない。

疲れた脳みそに十分な休息を。


2 COMMENTS

雅之

おはようございます。
へぇ、「プロフェッショナル」ってそんなに難しく考えなきゃいけないものなんですか? 私は少しでも仕事でお金を貰った瞬間、誰でも「プロフェッショナル」になるのだ、また、ならなきゃ嘘だとばかり信じていました。
逆に「プロフェッショナル」のハードルをうんと高くするなら、チェット・ベイカーのようなジャズマンこそプロで、世の中のぬるま湯に浸かっている99%以上の音楽家はプロではないと言わざるを得ないのでは? 音楽家だけではなく、ぬるま湯に浸かっている、大方の学者も医者も弁護士もスポーツ選手も財界人も、当然私のようなサラリーマンも・・・。私に言わせれば、ビルの建設現場で働く鳶さんのほうが、よっぽどプロらしいですね、だって命を懸けて仕事をしていますからね、かっこいいです。
ジャズに詳しいわけではありませんが、ご紹介の盤の人気絶頂のうんと後、チェットの死後公開されたドキュメント映画「Let’s Get Lost」には、だいぶ昔に観て打ちのめされました。うまい表現だと心底感服した後藤雅洋さんの言葉を借ります。
・・・・・・中年の一見ホームレス風のオジサンが美女をはべらせ、スポーツカーで南仏の海岸を走り抜けていく。はじめはどうしてこんな疫病神みたいな奴がモテるのか不思議に思うが、次第にこの男の形容しがたい存在感に圧倒され、こりゃモテて当然だよなと納得させられてしまう。今や数少なくなった本物のジャズマンの持つ迫力だ。
それは決して人を威圧するようなものではなく、すべてを承知で地獄へと身を滅ぼしていくアナーキズムの凄みなのである。生前のチェットを撮影したこのドキュメンタリー・フィルムは、どんな役者も、生身のジャズマンを演じたりはできないことを証明した。
映画の中でチェットは淡々と、自分の薬物中毒について語っている。後悔しているようすは見えない。しかし露悪的に強がっているわけでもない。ただひたすら自分の身のまわりに起こった出来事を語っていく。決して饒舌ではないが、それがかえって彼が覗いてきた世界の途方もなさを語っているようでもある。1988年5月、チェットはアムステルダムのホテルの二階から転落して死んだ。彼の死因について、さまざまな憶測が乱れ飛んだのも無理からぬところである。・・・・・・「新 ジャズの名演・名盤(講談社現代新書) 120~121ページより」
私の定義する「プロフェッショナル」とは、どんな職業を選んでも、
「一般人には見えないもの、見てはいけないものを見る、勇気または能力を持つ存在」になることだと思います。あなたには見えないけれど私には見える、そんな分野をひとつでも身に付けたいものです。
http://www.youtube.com/watch#v=JWuV76SCbXs&feature=related

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岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。
>「プロフェッショナル」ってそんなに難しく考えなきゃいけないものなんですか?
らしいですね。木谷先生曰く、いわゆる今の学生を相手に授業を行っていると様々な視点の違いに気づくそうです。
この「プロフェッショナル」という言葉から受ける印象のほかいろんな例を挙げられていました(ここでは省きますが)。そのたび毎に「言葉の使い方」ひとつひとつを考え直していかないとうまく伝わらないようです。
雅之さんがおっしゃるとおりハードルを高くすればほとんど人がそういうことになりますよね。ただ、先生も言ってましたが結論は同じで、「少しでも仕事でお金を貰った瞬間、誰でも「プロフェッショナル」になるのだ、また、ならなきゃ嘘だ」ということでのようです。
チェットのドキュメントは凄いですよね。それに後藤雅洋さんの言葉も見事です。
>どんな職業を選んでも、
「一般人には見えないもの、見てはいけないものを見る、勇気または能力を持つ存在」になることだと思います。
お見事!まさに「地上の星」ですね。
「プロジェクトX」好きでした。

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