モーリス・ベジャール・バレエ団2017年日本公演「魔笛」

ヴィーラント・ワーグナーが、いわゆる「新バイロイト様式」という抽象的な演出を披露した当初、音楽界に衝撃が走り、賛否両論が渦巻いたといわれるが、あれは、戦争直後の予算不足が原因で、リヒャルト・ワーグナーがト書きで指定する具象的な舞台が作れなかったという理由がそもそものところらしい。
舞台を堪能する上で視覚情報はとても大事だ。

所は、上野の東京文化会館。
暗転し、重厚な変ホ長調の5つの和音によるアダージョから、主部アレグロに入るやカーテンが上がる。星型の上にうつぶせになる弁者・・・。

モーリス・ベジャール・バレエ団の「魔笛」を観た。
最高のメルヘンであり、しかし、内側には実に深い哲学的（スピリチュアル的）要素を含んだ究極の舞台。大団円に向って進むステージには、ベジャールによって凝縮された「舞踏」という表現方法を媒介にし、おそらくモーツァルトが目指したであろう、一体、あるいは調和というものが見事に映されていた。
ステージ中央には白い線に彩られた星型と、後方には一段高い舞台。
後方の舞台は深層を表わすのだと思うが、例えばタミーノとパミーナの二重唱のシーンでの、男性性と女性性の統合される、イシスとオシリスのパ・ド・ドゥのあまりの美しさに溜息が出た。

モーリス・ベジャール没後10年記念シリーズⅠ
モーリス・ベジャール・バレエ団来日50周年記念
モーリス・ベジャール・バレエ団2017年日本公演
2017年11月17日（金）18時30分開演
東京文化会館
「魔笛」
振付：モーリス・ベジャール
音楽：ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
装置・衣装：アラン・ブレの原案に基づく
衣装デザイン：アンリ・ダヴィラ　照明デザイン：ドミニク・ロマン
弁者　マッティア・ガリオット
タミーノ　ガブリエル・アレナス・ルイス
パミーナ　カテリーナ・シャルキナ
ザラストロ　ジュリアン・ファヴロー
夜の女王　エリザベット・ロス
パパゲーノ　ヴィクトル・ユーゴー・ペドロソ
パパゲーナ　ジャスミン・カマロタ
モノスタトス　ミケランジェロ・ケルーチ
三人の侍女　大橋真理、ソレーヌ・ビュレル、ヴァレリア・フランク
三人の童子　クゥィンテン・ギリアムズ、ローレンス・リグ、ドノヴィーヌ・ヴィクトワール
三人の僧侶　アンジェロ・ペルフィド、ダニエル・ゴールドスミス、ドリアン・ブラウン
三人の奴隷　アンジェロ・ペルフィド、ドリアン・ブラウン、アントワーヌ・ル・モアル
二人の武士　ダニエル・ゴールドスミス、コナー・バーロー
イシス　リザ・カノ
オシリス　ハビエル・カサド・スアレス
芸術監督　ジル・ロマン

何よりモーツァルトの音楽の、一切の弛緩のない（どの瞬間も恍惚とする）素晴らしさ。
そして、あえて弁者に語らせた「台詞」の部分の、ベジャール的解釈に僕はとても納得した。
例えば、神は愛そのものであり、悪に対しても罰は与えないのだと語らせる凄み。そして、彼が演出ノートに書いていた通り、ザラストロによって夜の女王が最終的に駆逐されるのでなく、吸収され、いわば光の女王として再生することになる奇蹟（魔法！）。
ちなみに、今回の演出では、現在の芸術監督であるジル・ロマンのアイディアも導入されているそうだが、ベジャール・オリジナル版と異なるのはモノスタトスに物々しい、いかにも悪人を表わすメイクを施している点。「魔笛」を通して、善悪を超えた真の愛というものをおそらく描こうとしたベジャールなら、この追加演出についてどう思っただろう？

ところで、第2幕フィナーレで舞台後方に掲示されたのがフリーメイスンのシンボル。
ベジャールがフリーメイスンをどのようにとらえていたのかは知らない。しかし、一般的に認識される「友愛団体」、あるいは「秘密結社」としての側面が強調されるような感が否めず、なくもがな。より抽象に寄った方が、「魔笛」の奥深い世界（真理）を一層哲学的に表現できたであろうと思うと、少々残念（ただし、シンボルの前で、イシスとオシリスが一体となり、人文字的にシンボルと重なり合うその瞬間は神々しかった）。

「魔笛」の演出にあたっては、絶えずそのメルヘン的な相と霊的な相との間にバランスを考え、両者を相互に感応させる必要がある。
（モーリス・ベジャール／岡川友久訳「魔笛」演出ノート）
～「モーツァルト事典」（冬樹社）P270

今回の公演で使用された音源は、カール・ベーム指揮ベルリン・フィルの歴史的名盤。これがまた正解。
モーリス・ベジャールが亡くなって早10年なのだという。光陰矢の如し。

ブログ・ランキングに参加しています。下のバナーを1クリック応援よろしくお願いいたします。

音楽(全般) ブログランキングへ