クレンペラーの悪名高いブル8

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昔、ブルックナーの音楽などほとんど知らない女性とブルックナーをメインにしたコンサートに一緒したことがあった。基本的にロマン派の濃厚な感情移入された楽曲がお好きなようで、シューマンのあの分裂的な第2交響曲のアダージョ楽章やマーラーの第5交響曲のアダージェットなどを繰り返し聴いてはため息つくほど感動されていたので、ブル8のアダージョなどはツボにはまるだろうとお誘いしたのがそもそものきっかけ。
予想通り、第3楽章がすこぶるお気に召したようで、あのゆったりとした天国的な音楽を耳にして恍惚感を覚えたのか、終演後もその美しさについて訥々と語ってくれた(そういう僕はもうすでにこの音楽を聴き始めて10年以上経過していたものだから、人が語らずともその素晴らしさは重々承知で・・・、という思いだったのだが)。とはいえ、最高傑作であるフィナーレについては全く理解できなかったらしく、演奏が終わるやぶつぶつと文句を言い出した。せっかくの美しい音楽があの冗長な意味不明な音楽で台無しだと言うのである。吃驚した。演奏の素晴らしさにまだまだ酔っていたい僕としてはそのネガティブな言葉が煩わしく、随分辟易した。

そういえば、高校生の時、はじめて第8交響曲に触れたとき理解するのに最も時間がかかったのがフィナーレだったことを思い出す。ちょうどその頃「レコード芸術」でブルックナーの特集記事が組まれており、諸井誠氏の綿密な楽曲分析を読みながらじっくり聴いたお陰でこの音楽がようやくわかった。磨りガラスの向こう側で鳴っている「よくわからない」音楽の輪郭が明確になり、突如「真髄」が眼前に開けた、そんなような感覚だった。

以来、ブルックナーの交響曲第8番は「無人島に持っていきたい」音盤の最右翼に位置することになり、あらゆる演奏を片っ端から聴くようになるのだが、中に、例の悪名高いカットを施したクレンペラーのレコードがあり、それを聴いた直後は、その暴挙に開いた口がまったく塞がらず、以来完全に封印してしまい何年もの時が流れた。

実に久しぶりに、本当に何十年ぶりかにクレンペラーの演奏するブル8を聴いてみた。途轍もなく「大きな」、圧倒的な名演奏が繰り広げられることに愕然とした。30年前、どうしてこの価値が「汲み取れなかったのか」、少し後悔した。そして・・・、ついでにフィナーレのあのカットについて考えてみた。確かに必然性のない、流れをせき止めるかのような無意味なカット・・・、指揮者はどういうつもりだったのか・・・、冒頭の女性のあのため息が思い出された。

クレンペラーはこの曲のフルスコアを「作曲者の立場」として検討した結果、このカットに行き着いたのだと平林直哉氏はライナーノーツで語っている。その根拠が果たして本当に残されているのかどうかは勉強不足で不明だが、確かにブルックナーは生前、弟子たちの意見を尊重し、自身のスコアをたびたび改訂。時には無謀なカットや編曲を許したことを考えると、あながち間違っていないのかもとも考えられる。

聴衆が退屈したり、聴く側が理解できなければ芸術―音楽の意味は半減する。悠久の調べを持つアダージョの後、突如理解不能で難解な音楽が現れたとき、果たして人々は受け容れてくれるのか?そんな「不安」があったのだろうと想像できなくもない。

奇人変人オットー・クレンペラーといえども、あまりに根拠のない暴挙には易々と及べないはず。1957年6月7日のケルン放送交響楽団とのライヴ録音を一方で聴きながら(こちらの実況盤では一切のカットなし、しかもテンポは極めて速い)最晩年のある日突如閃いたものではなく、一筋縄では語り得ない研究の末ようやく行き着いたクレンペラーなりの結論だったのではないかとも思えるのである。こういうものだとして聴けばそれはそれで納得できる。良しとするか・・・。これほど巨大で深遠、説得力のある演奏にはなかなか出逢えないから。

ちなみに、カップリングの「ジークフリート牧歌」がこれまた信じられないような名演。ゴツゴツとした表面ながら、一音一音に「想い」がこもっており、静かに耳を澄ませているだけで癒される。

ブルックナー:交響曲第8番ハ短調(ノヴァーク版)
ワーグナー:ジークフリート牧歌
オットー・クレンペラー指揮ニューフィルハーモニア管弦楽団、フィルハーモニア管弦楽団


8 COMMENTS

雅之

こんばんは。
今更ながら東京ってところはイカレた非日常空間ですな。国会と同じで頭悪いんじゃないですか(コラコラ)。
たとえば今年の3月の終わりって何?
ブルックナーの8番ばっかやってるじゃん!!
ティーレマン&ミュンヘン・フィル、ふーん。
インバル&都響の第1稿演奏
http://www.hmv.co.jp/product/detail/3885082
ふーん。
スクロヴァチェフスキ&読売日本響
http://www.hmv.co.jp/product/detail/3873355
ふーんって、インバルとスクロヴァチェフスキのライヴSACD、同じ3月25日の演奏じゃん!!マジっすか!!!
これはブル8のインフレ現象だ!!
ブルブルブルブルブルブルブルブルって、バイブか(爆)。
ところで、歴史とか鉄道とか山とか鉱物とかブルックナーとか、男の趣味にずうずうしく女が来るな!!
女にブルックナーがわかられてたまるかってんだこん畜生め!!
クレンペラーのブルックナーも男らしくていいですよね。ベームのと同じく(右脳)広報不十分で損してますね(笑)。カットについては私も今では気にしていません。
カットしてるからもう安心って、女来るなよ!!(何の話じゃ・・・爆)

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岡本 浩和

>雅之様
こんばんは。
>東京ってところはイカレた非日常空間ですな。
そういえば3月は怒涛のブル8尽くしでしたねぇ。
これだけ演られると逆にありがたみが薄くなりますねぇ(苦笑)。
>女にブルックナーがわかられてたまるか
笑。
確かに一昔前は女性はブルックナーなど見向きもしなかったですよね。最近はどうなんでしょう?
>カットについては私も今では気にしていません。
やっぱりそうですか!あまりにフィナーレのこの問題が大きく採り上げられ過ぎて損してますよね。

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うさこふ

鉄道とか山とか鉱物とか、男の趣味にずうずうしく女が来るな!!

言い切りましたね。
男は女にはかなわない、弱い生き物ともいえますね。

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岡本 浩和

>うさこふ様
コメントありがとうございます。

>男は女にはかなわない、弱い生き物ともいえますね。

おっしゃるとおりでございます。
何事も決めつけは良くないですね。(苦笑)
ありがとうございます。

※素敵なサイトですので勉強させていただきます。

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うさこふ

>岡本様

このたびは大変失礼致しました。
あれから岡本さんのサイトを拝見していくうち、しまったことしてしまった、と思いました。
仰るとおり、偏見はいけませんでした。
丁寧なご対応ありがとうございます。

女である私は、ギルバート・ゴチエ氏になることはできません。
難しいものです。
拙いサイトまでもお目通しいただきありがとうございました。
まだ修行がたりませんので、瞑想し、出直します!

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