まずは
・険しい丘の上で(ロシア民謡)
そして、バリトン歌手岡村喬生氏との協演で2曲。
・12人の盗賊(ロシア民謡)
・ステンカ・ラージン(ロシア民謡)
日本人でロシア民謡(民謡と名はつくが、要はポピュラーソング)を愛する人は多い。ヨーロッパに憧れながらヨーロッパになれない、とはいえ決して東洋でもない、そういうロシア人の(あえて言うなら中途半端な)アイデンティティを揺さぶる何かが我々の感性を刺激するのかも・・・。
ところで、ロック音楽においても、どういうわけか日本人の受容が先にあり、結果的に世界的スターになったというバンドがある。クイーンなどはその最たる例だと思うが、40年前の我々日本人の感覚が、実はいかに先端で優秀だったかがその点だけみてもよくわかるのではないか。クイーンの、特に初期の作品には、西洋人が古臭い、あるいは複雑だと捉えた楽曲が多いとされる。ひょっとするとクイーン、というよりこのバンドを牽引したフレディ・マーキュリーの血、すなわちルーツをインドにもつ彼の(無意識の)アイデンティティが、育った環境、すなわちイギリス文化と時に反発しながらもうまく融合しながらできあがった性質、いわゆる西洋音楽システムの中で創作されながら、実はその中身、精神には「西洋的」という単純な言葉では測りきれない「東洋的、感覚的なもの」を創出した、そういうものを40年前の日本の若者は感じ取っていたのではないか、そんなことをアルバムを聴きながら考えた。
冒頭の”Keep Yourself Alive”から鮮烈だ。しかし、何といってもこのアルバムの白眉は、ラスト2曲、”Jesus”から”Seven Seas of Rhye”につながるところにある。”Jesus”の最後、アカペラでのコーラス絶唱からフレディのピアノにつながる流れ。残念ながら、僕には楽曲を分析して詳しく説明するだけの知識も技量もない。そのことが実に悔しい・・・。
40年近く時を経た現代に耳にしても、まったく廃れない作品たち。それがQueenという一世一代の大バンドが遺した「挑戦」だとするなら・・・。それは、西洋と東洋の融合ではない・・・、西洋的なシステムの上に成り立った東洋的感性が息づく。
おはようございます。
>フレディ・マーキュリーの血、すなわちルーツをインドにもつ彼の(無意識の)アイデンティティ
60年代後半~70年代のロック・シーンを研究する上で、「インド」は重要なキーワードですよね。その筆頭に語るべきは、フレディ・マーキュリーなのでしょうが、残念ながら勉強不足です。いろいろと教えてください。
岡本さんのロシアの話題で思い出しました。
11月13日に、井上道義&名フィルで、ショスタコの7番「レニングラード」
https://www.nagoya-phil.or.jp/concerts/2010/c_374.html
を聴けることになったんですよ。日比谷公会堂での交響曲全曲演奏以来の井上のショスタコ、楽しみで楽しみで仕方がありません。新井康之さん
http://classic.opus-3.net/blog/cat29/200/
も出られるのかなあ?
ルプー、井上とくれば、2010年11月27日(土)に最高の感動体験を、もう何とか実現させたいと行動予定を目下思案中です!!
>雅之様
おはようございます。
フレディがインド人であったことが表に出されたのは最近のことなんですよね。時代背景が出自を明確にさせえなかったということらしいですが。
http://www5e.biglobe.ne.jp/~masala/musicrock6.html
http://yuwakai.org/dokokai2/takashimasan/20091014/20091014.html
おお、井上道義&名フィルで「レニングラード」ですか!!
羨ましい!!新井さんは多分出るんでしょうね・・・。
ところで、何とルプーの公演中止が発表になりました!昨日急遽決まったことのようです。KAJIMOTOに問い合わせたところ、来日もしていたらしいのですが、急病で昨日帰国したとのことです。真相は何とも言えませんが、残念でなりません・・・。
>2010年11月27日(土)に最高の感動体験を、もう何とか実現させたいと行動予定を目下思案中
無理はされない方が良いかと思いますが(笑)、お会いできるようでしたら楽しみにしております。雅之さんがいらっしゃるとなればピアニストも一層気合いが入るでしょう!