竹村浄子プレイズ・シューマン(1999.4録音)を聴いて思ふ

彼女の弾く「トロイメライ」を聴いて、僕はちょっと吃驚した。
あまり聴いたことのないような、ための深い、ゆったりとしたテンポ感と、詩情豊かな、本当に夢見るような演奏だったから。たぶん、この演奏だけで彼女のシューマンは特別であり、彼女が凄いピアニストであることがわかった。

竹村浄子。
その名の通り、彼女の生み出す音楽は澄んで、邪気がない。
無邪気、まさに「子供の情景」を奏するに相応しい力量をこの人は持つ。

20年前、東芝EMIからリリースされた録音を、ピアニストの強い希望により、このたびディスク・クラシカがリマスターし再発に及んだこの音盤は、好事家から待望久しいものなのだという。一聴、確かに素晴らしい。

「なぜシューマンなのか。」とよく人に聞かれる。実は自分でもその答えはまだ明確には見つかっていない。でも敢えて言うとするならば、「シューマンが好き」というよりもむしろ「シューマンが呼んでいる」からなのであろう。私がシューマンの音楽に初めて出会ったのは、小学生の時で、それも映画の中で流れる〈トロイメライ〉だった。ゆったりとした、音の少ない曲なのに、とても難しい作品に聴こえ、その音楽の美しさ、深さ、重厚さにすっかり引き寄せられてしまった記憶がある。それ以来、シューマンにはまっている。
DCJA-21044ライナーノーツ

ライナーノーツ中の「シューマンと私」と題するエッセーには、彼女の、シューマンに対する熱い思いがこれでもかといわんばかりに綴られている。そして、音楽の中身は、まさにそのパッションを引き継ぐ、表わすものだ。
それにしても彼女の弾く「眠りに入る子供」や「詩人は語る」にある瞑想の深さに驚かされる。まさに竹村浄子のシューマンに対する愛の表現だ。

竹村浄子プレイズ・シューマン
・子供の情景作品15
・幻想曲ハ長調作品17
竹村浄子(ピアノ)(1999.4録音)

「幻想曲」が一層素晴らしい。激しさと安らぎを兼ね備える、いまだ健全な心身を保つも苦悩するロベルト・シューマンの魂の歌。クララ・ヴィークとの恋愛が暗礁に乗り上げ、しかし、諦められないシューマンの深い心情と慟哭。竹村の弾く音楽はどこまでも天高く、自由を求めて飛翔する。また、第2楽章に垣間見える希望の光は、「幻想曲」でありながらどこまでも現実的で明確だ。そして、第3楽章のあまりに静謐な音楽には、クララからの確固たる肯定的な意志を受けての、ロベルト・シューマンの自信が反映される。
竹村浄子のシューマンは、彼女自身が「呼んでいる」と語るように、作曲者の魂が乗り移ったかの如くの壮絶で、リアルな心情表現だ。感服。

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