ベーム指揮ウィーン・フィル ベートーヴェン第5番&第6番「田園」ほか(1977.3.2Live)を聴いて思ふ

木食の戒行五十年は彼に殆ど完全な健康を保証したようである。八十歳を越えた老齢でも、限りない勢力を示したことを想えば、彼には異常な肉躰と精神とがあったにちがいない。彼の日誌を見て、絶えざる旅行と断えざる仕事とを考える時、病にかかったという痕跡を見出すことが出来ぬ。彼にはよき摂生があったようである。食物はごく少量だったにちがいない。彼は木食の戒によって火食を避け又肉食を採らない、屢々木の葉や木の実で足りたであろう。時として五穀や蕎麦粉を生のままとったようである。蕎麦粉は特に好むものだと思える。
柳宗悦「木喰上人」(講談社文芸文庫)P68

古い時代の修養とは、かくも大変な忍耐と努力を要したのである。
悟りを得るまでの壮絶な生きざまが、人を感化する。
僕はここで、ワーグナーが晩年のいわゆる「再生論」で展開した菜食主義と真の宗教についての考察を思い出す。

すなわち、十分に穀物を摂取できる大民族は、厳しい風土においてすらほとんど菜食だけで暮しており、それによって活力や耐久力を失うことはないのだが、このことは、菜食をしているきわだって長寿に恵まれたロシアの農民たちを見れば分かることである。菜食を主にしている日本人についても、きわめて鋭敏な頭脳を持ちながら最高度に勇猛果敢であることがよく知られている。
三光長治監修「ワーグナー著作集5 宗教と芸術」(第三文明社)P236

ワーグナーの先見の力と、人類への省察の力の素晴らしさ。
そのワーグナーを感化したのがベートーヴェンその人だったとは。
やはり晩年にインド哲学に傾倒したベートーヴェンにあって、その心底にはワーグナー同様の人類への省察があったのではなかったろうか。

指揮者の登場に対して送られる、期待に溢れる拍手喝采と静かな歓声。そして、終演後の、怒涛の、猛烈な歓喜の喝采。晩年のカール・ベームの来日公演の、信じ難い熱量が放出される稀有な記録。久しぶりに聴いて、僕はあまりに感動した。

ベートーヴェンは、ゲーテが語るように強烈な個性を誰に対しても惜しげもなく見せる男だった。そして、好々爺然たる晩年のベームの音楽は、その枯淡の容姿に反していかにも色気とセンスに満ちたものだ。

ベートーヴェン:
・交響曲第6番ヘ長調作品68「田園」
・交響曲第5番ハ短調作品67
~アンコール
・「レオノーレ」序曲第3番作品72a
カール・ベーム指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1977.3.2Live)

聴衆と指揮者、オーケストラの三位一体。
日本のファンの期待に応えんと燃えに燃えるベームの「田園」交響曲の、うねり、沈静し、弾ける激動の表現に痺れる。白眉は終楽章「牧歌 嵐の後の喜ばしい感謝の気持ち」。中でもコーダの超然たるクライマックスと、悠然たる一体感!!
聴衆ももはやここでは恍惚の表情となっているだろうことが容易に想像できる。終演後の、堰を切ったように流れる歓喜の喝采が美しく、涙さえこぼれるほど。

そして、ハ短調交響曲は、険しく厳しい表情を湛えるも、脱力の極致。ベートーヴェンの音楽がこれほど確信をもって鳴らされた類がほかにあるのかと思われるほどの、堂々たるアレグロ・コン・ブリオ。ここでも素晴らしいのは、急激なアッチェレランドを生む終楽章アレグロの解放!!やはり聴衆の感動の思念がひしひしと伝わってくる。

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7 COMMENTS

桜成 裕子

おじゃまします。このCDを聴いてみました。
1977年に東京でこんな演奏会があったのですね。素晴らしい演奏と録音ですね。私もその場にいる聴衆になった気持ちで聴きました。ふくよかな音で伸び伸びとためらいなく確信をもって推進し、何の抵抗もなく流れ込んできました。染みや汚れを落として本来の色彩や輪郭が現れた名画のようだとも感じました。カール・ベームさん、おとなしそうに見えますが、すごい迫力です。(因みにモーツアルトのレクイエムの私の刷り込みはこの人です。)「運命」「田園」もさることながら、レオノーレ3番の熱量も圧倒的ですね。ほんと、拍手しながら涙が出ました。序曲でこんなに最高潮に達っしてしまってオペラはだいじょうぶか、と思ったほどでした。貴重なひとときをありがとうございました。

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岡本 浩和

>桜成 裕子 様

晩年のベームの演奏は、ともすると鈍重で緊張感の不足した演奏だという先入観があったのですが、さにあらず。1980年、最後の来日時のベートーヴェンの第2番&第7番の実演記録と併せて、この77年の第5、「田園」、レオノーレ3番は屈指の名演奏だと僕は思います。80年のベートーヴェンもぜひ聴いてみてください。

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桜成 裕子

岡本 浩和 様

 80年の来日公演、2番と7番のCDを聴いてみました。
5・6番の印象と似て、空高く雲が湧き上がっていくような壮麗さ、威風堂々とした歩みと広がり等、素晴らしく聴きごたえがありました。持って回った言い回しや陰影、大げさな強弱の付け方等と無縁な、何か演奏者の育ちの良さを感じるような大自然のようにおおらかで雄大な演奏と感じたのですが、どんなもんでしょう? ベーム指揮のベートーヴェン交響曲は初めてなのですが、ベームの「ミサ・ソレムニス」を聴きなおしてみたいと思いました。ベームでモーツアルトのレクイエムというものを最初に聴いた時の衝撃を思い出しましたので。 ベームのベートーヴェンをご紹介くださりありがとうございました。

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岡本 浩和

>桜成 裕子 様
早速聴いてくださりありがとうございます。
ベームの最後の来日公演は、当時NHK教育テレビで放映され、その時の印象は重く、鈍い演奏で、とてもベートーヴェンの本質を衝いていないというものでした。当時、僕は高校生でしたから実に若気の至り。このCDがALTUSからリリースされてすぐ、あらためて聴いたとき僕は天地がひっくり返るくらいに吃驚しました。まったく何を聴いていたのだろうと・・・。おっしゃるようにおおらかで雄大なのですが、一方でライヴならではの引き締まった緊張感に溢れています。テンポは遅いのですが、集中力に富んでいるので、最後まで興奮させられます。

なお、ベームの「ミサ・ソレムニス」は残念ながら未聴です。
お聴きになっての感想をまた聞かせてください。
ありがとうございます。

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桜成 裕子

岡本 浩和 様

 ベームの「ミサ・ソレムニス」ですが、テンポ、やはり遅いです(クレンペラーより10分近く長い)。「クレド」の途中で気がついたら別の事を考えていて「いけない!」と戻ったのですが、全体として壮大で神秘的なものを感じました。同じ指揮者だけにモーツアルトのレクイエムの演奏と似た印象でしょうか。曲の最後も丁寧で、今までの唐突に終わってしまう印象は薄まりました。
 おかげ様でベートーヴェンのミサ・ソレムニスのCDをたくさん聴きましたが、テンポ、合唱のバランス、ソリストの声、独奏ヴァイオリンの音色、オーケストラの編成、録音の具合等、色々と違ってみな特色がありますが、どれも感動的ですね!ジンマン・トーンハレでハードルをクリアさせていただき、ありがとうございました。(この場をお借りして)

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岡本 浩和

>桜成 裕子 様

ご報告ありがとうございます。やはり、ですか。
想像するだけで怖い気もしますが、こればかりは聴いてみないことには何とも言えません。
時機を見て僕も挑戦しようと思います。(笑)

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