Here Comes the Flood

peter_gabriel_1.jpg小雨降る中、シベリウスのヴァイオリン協奏曲を聴こうと、ムターがプレヴィン&シュターツカペレ・ドレスデンと録った音盤を一通り聴き、次に諏訪内晶子が何年か前にリリースしたCDを聴いてみた。僕はシベリウス特有の寂寥感を伴ったこの音楽がことのほか好きで、他にもオイストラフチョン・キョン=ファなどの音盤を愛聴する。
ひと言で表現すると恰幅の大きいどっしりとしたいかにもドイツ的なムターに対して、繊細で日本人好みの音楽を創出するのが諏訪内というところか。その日の気分や状態によって聴き分けているが、いずれの演奏も僕はとても好き。
ところで、この諏訪内盤にはイギリスの生んだ現代作曲家サー・ウィリアム・ウォルトンのヴァイオリン協奏曲がカップリングされているのだが、この曲が実に良い。1939年、第二次世界大戦中の作品だが、もともとは当代きってのヴィルトゥオーゾ、ヤッシャ・ハイフェッツの委嘱により作曲されたものということだ。楽器演奏が不得意だったというウォルトンらしく作曲する音楽に自信が持てず、筆は遅々として進まなかったという。
まるでプロコフィエフの協奏曲を聴くような錯覚に陥る瞬間もあるのだが、このウォルトンの協奏曲を聴きながらどういうわけかソロまもないピーター・ガブリエルの音楽を思い出した。

peter gabriel

1977年、2年間のブランクを経て、ピーター・ガブリエルが世に問うた名盤。アカペラ風、ジャズ風、クラシカル風、様々な要素が融合するこのファースト・アルバムは今となってはあまり顧みられることが少ない音盤だろうが、初期Genesisの貴族的な風味を持ち合わせながら、かつpeterの野心がそこかしこに聴いてとれる傑作だと僕は信じる。ラスト・ナンバーのHere Comes the Floodは後に、静かな弾き語りバージョンを録音し、その静けさが哀しくも美しいピーターのヴォーカルと相まって人気の高い楽曲だが、本アルバム収録バージョンも泣けるほど祈りに満ちたアレンジだ。特に、ロンドン響がバックを務めるDown the Dolce VitaからHere Comes the Floodに至る最後10分ほどの流れがたまらなく素敵である。

Lord, here comes the flood
We’ll say goodbye to flesh and blood
If again the seas are silent
in any still alive
It’ll be those who gave their island to survive
Drink up, dreamers, you’re running dry.

神よ、洪水だ
肉体に別れを告げよう
再び海が凪ぐならば
死なずにすむとしたなら
土地と引き換えに生きる者
飲み干せ、夢追い人よ
お前はもう干からびる寸前だ。

「黙示録的な夢を見たことがあるんだ。お互いの心の中を覗けないようにしている霊のバリヤーがすっかり侵食されて、精神の洪水が起きる。腹の底で考えていることを表に出すのに慣れていた人間はその奔流を渡っていけるし、隠し事ばっかりしているような奴は溺れてしまうっていう夢なんだ・・・」
~ピーター・ガブリエル(正伝):スペンサー・ブライト著(音楽之友社)

Here Comes the Floodの歌詞は極めて形而上的だ。日本語に訳するのがとても難しい。おそらくキリスト教の知識を十分に持った上で奥深い意味を捉えながら言葉にしていかなければ理解し難い。それにしてもこのアルバムのジャケットが意味深でまた良い。ヒプノシスのアート・ワークだと思うが、センス満点である。

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