クーベリック指揮ベルリン・フィル ドヴォルザーク 交響曲第3番(1972.10録音)

アントニン・ドヴォルザークの音楽にはとんと縁がなかった。
というより、僕はあえて避けてきたのだと思う。
どんな名演奏を持って来られても、あるいは名曲だとされているものも、どういうわけか、いまひとつ心に響かないのである。

まるでベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」を規範にしたかのような変ホ長調交響曲(実際にはリストやワーグナーの影響を多大に受けているというが)。しかし、3楽章制の交響曲にはいわゆるスケルツォに相当する楽章がない。第2楽章アダージョ・モルト,テンポ・ディ・マルシアの優美な、息の長い旋律が、いかにもドヴォルザークらしく、美しい。洗練さの中に潜む土俗的響きは健在。ある意味、彼の作曲家としての出世作は、18分近くに及ぶこの緩徐楽章をもって成功作となったのではなかろうか。

・ドヴォルザーク:交響曲第3番変ホ長調作品10
ラファエル・クーベリック指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(1972.10録音)

オーケストラは、当時の手兵であったバイエルン放送響ではなく、カラヤンの庇護の下全盛期を迎えていたベルリン・フィルハーモニー管弦楽団。ちなみに、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー死去直後、ベルリン・フィルからの指揮者就任の打診を受けたヘルベルト・フォン・カラヤンは何と言って受諾したのか。

私はどうしてもこのオーケストラが欲しかったのです。その力量に魅了されていたし、このオーケストラで自分が何を達成できるのか、わかっていました。まさに私が数十年のあいだ夢見ていたオーケストラだったのです。
ヘルベルト・ハフナー著/市原和子訳「ベルリン・フィル あるオーケストラの自伝」(春秋社)P232

それから20年近くの間に、カラヤンは文字通り手兵としてかのオーケストラを自分色に染めた。そこにはもはやフルトヴェングラー時代の音はない。しかし、実に機能的に保たれたアンサンブルと、個々のプレイヤーのスキルという意味では当代一というオーケストラの奏でる音楽は、ラファエル・クーベリックの指揮をしてより直線的かつ情熱的な色合いが確保され、旋律は縦横かつ、一層色彩豊かだ。

ところで、少年の頃、何かで耳にした旋律がとても懐かしい。
しかし、その旋律は記憶の彼方に吹っ飛んでいて、明確に思い出せないのが痛い(雰囲気、音調だけが脳みその奥底に貼り付いているのである。ゆえに他人に歌って説明することもできない)。いつの頃からか、ずっと僕はその旋律を探し求めて音楽を聴いてきた。それは、ドヴォルザークではなかったか、あるいは、エルガーだったのか、はたまた、いまだ知らない辺境の作曲家のものなのか、様々な憶測の下、いろいろと耳にしてきたが、残念ながらいまだに出逢えない。もう少し音楽を求める旅は続きそうだ。

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