彼岸の「祈り」

beethoven_6_mravinsky.jpg昨日までの春めいた晴天が嘘のような雨模様。今日は随分冷え込んだ。この時期は特に寒暖の差が激しい。とはいえ、それが自然の摂理であり、人間に対して何か「物を申して」いるわけだから耳をそばだてて、というより感覚をそばだてて「聴いてみる」ことが重要である。昨日は久しぶりにいろいろと「田園」交響曲を聴いた。やはり楽聖の傑作だけあり、素晴らしい曲だ。僕のCD棚だけでも30種近くの音盤がある。普段それほど意識して聴いてきたつもりはないが揃いも揃ったものである。名盤、駄盤、それに珍盤含めいろいろと鎮座している。昨日も書いたがワルター盤とフルトヴェングラー盤は別格として、「これは意外に!」と思わせる音盤がムラヴィンスキー盤。1949年盤1979年東京Live盤、そして1982年盤と都合3種を所持していたが、しっかりと聴き込んだのは初めてかもしれない。ムラヴィンらしいエッジの利いたテンポの速い解釈だが、その奥底に潜む「神への祈り」はひょっとすると一番かもしれない。フルトヴェングラー盤が人間臭い「祈り」であるのに対してムラヴィンスキー盤は彼岸の「祈り」に近い。

ベートーヴェン:交響曲第6番ヘ長調作品68「田園」(1982Live)
エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団

ロシア革命を経て激動のソ連時代を生き抜いたムラヴィンスキーの鋼のような精神力は素晴らしい。お国モノ(チャイコフスキー、ショスタコーヴィチなど)を振らせれば天下一品だが、ドイツものも尋常ではない。天才とはこういう人のことをいうのだ。

午前中はエージェント業のアポイント。広島に赴任しているOに久しぶりに会う。来月結婚するらしい。おめでたい。夜は、例によって第7回ES講座。参加者は5名。今年は企業の動きも随分遅いようで、商社など大手はどこも4月からスタートのようだ。

それにしても個人差はあれ、2ヶ月ほどで学生諸君は随分成長したように思う。お世辞でも何でもなく面接風のシュミレーションをしてもそこそこ堂に入っている。人間誰しも反復訓練すれば成長するもの。たとえダメでも人生のうちのほんの少しの失敗。たいしたことはないと言い聞かせ、前向きに自分自身を信じて行動することが大切だ。

楽聖ベートーヴェンは数々の苦難と闘った。とても大変な人生だったろう。しかし、死して200年近くを経た今でも人気を博する楽曲を書き、人々から尊敬されている点を考えると、多少の失敗や苦悩は人間にとって必要物なのである。迷うことなかれ。動けば物事は必ず好転する。

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