クナッパーツブッシュ指揮ヘッセン放送響 ベートーヴェン 交響曲第5番ほか(1962.3.20Live)

ハンス・クナッパーツブッシュの演奏は首尾一貫せず、ムラがあったという。
彼に対する手厳しい批評も多い。

「ブロンド」のアーリア人であれ「黒髪」のユダヤ人であれ、あるいは「赤い」左翼であれ「黒い」保守派であれ、音楽家にとって大切なのはつまるところ「よい音楽」、これのみである。ところが、クナの第九は―彼の指揮するバッハ、モーツァルトともども―「よい音楽」でないどころか、むしろ「生き地獄」のような経験だった。
(奥波一秀「ナチス政権下の政治と芸術(上)―クナッパーツブッシュの二重の芝居」)
~「みすず」1999年11月号P35

アルフレート・アインシュタインの酷評は、こと音楽そのものに限らず、政治的・人種的な主義心情を鑑みてのもののようだが、それにしてもクナッパーツブッシュは誤解の多い音楽家のように思われる。少なくとも、音楽の解釈において正解はなく、果たしてその音楽が聴衆に感動をもたらすものならそれは是だろう。

あまりに巨大なハ短調交響曲。否、「異形」と言ってもいいくらい。
晩年のハンス・クナッパーツブッシュの棒によるベートーヴェンの、まるで法術を使って、聴く者を官能と恍惚の境地に誘う白熱に、僕は思わずため息が出る。

・ハイドン:交響曲第88番ト長調Hob.1:88
・ベートーヴェン:交響曲第5番ハ短調作品67
ハンス・クナッパーツブッシュ指揮ヘッセン放送交響楽団(1962.3.20Live)

時間的に見ても、第1楽章アレグロ・コン・ブリオが、9分51秒、第2楽章アンダンテ・コン・モート・ピウ・モッソが12分19秒、そして、第3楽章アレグロからアタッカで突き進む終楽章アレグロ・プレストが18分02秒と、合計40分超に及ぶ重戦車の如くのベートーヴェン。
しかし、決して音楽は愚鈍に陥らず、また一切の弛緩もなく、緊張感と深い呼吸を伴った、神がかり的様相を示す。それは、最晩年のクレンペラー指揮ニュー・フィルハーモニア管弦楽団の音楽を凌駕するだろう(クレンペラーの音楽が冷徹かつ無情であるのに対し、クナのそれはむしろ情感的であり、また蠱惑的である)。
恐るべきは第3楽章アレグロから終楽章アレグロ・プレストにかけての、むしろテンポがどんどん遅くなるというマジックに、僕は思わず膝を打つ。

クナッパーツブッシュはこの曲(ハ短調交響曲)でもホルンを倍増し4本に増やしていました。ハ長調に転じる終楽章で、あらゆる不正に打ち勝ったさまを描く彼の演奏は感動的であり、巨大で圧倒的な印象を聞き手にもたらしたものでした。
フランツ・ブラウン著/野口剛夫編訳「クナッパーツブッシュの想い出」(芸術現代社)P95

もはや人間業を超えた、豪傑の魔術!!
一期一会として聴くことをおすすめする。

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2 COMMENTS

桜成 裕子

おじゃまします。この演奏を聴いてみました。冒頭の運命の動機の聴きなれない遅いテンポに、なんだかトンマな感じがしましたが、聴き進むにしたがって、そのメトロノームのように概ね揺るがない拍子を堅持した構築が、この交響曲の原型、骨格を顕しているかのような印象を持ちました。そしてこの交響曲が終始一貫してタタタターン、という運命の動機に貫かれていることを今さらのように強く感じることが出来ました。なんだか「原始キリスト教」のように「原始『運命』」を聴いたような気がしました。そしてこの交響曲のクオリティーのとてつもない高さを実感を持って知ることが出来たように思います。ありがとうございました。

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岡本 浩和

>桜成 裕子 様

「原始『運命』」は言い得て妙です。クナッパーツブッシュのライヴ録音は、ベートーヴェンに限らずどれもが一見「人を食った」ような演奏なのですが、あっという間に引き込まれてしまう(魔法にかけられたかのような)演奏です。この第5もおっしゃるようにとても説得力があるものですし、第3番「エロイカ」も必聴の名演奏です。
https://classic.opus-3.net/blog/?p=11961

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