リヒテル ベートーヴェン ピアノ・ソナタ作品31-3(1992.10Live)ほか

1802年10月10日、ハイリゲンシュタット。
遺書を認めつつも、ベートーヴェンは結局その苦悩を乗り越える。

―おお、いつか、—おお、いつか、おお、神よ、—私は自然と人々の殿堂でそれ(喜びの響き合い)を再び感じることができようか。—否か?—否、—おお、そうであれば酷すぎる。
大崎滋生著「ベートーヴェン像再構築2」(春秋社)P507

大歓喜を求めたベートーヴェンの作曲の筆は、この頃からより研ぎ澄まされた、孤高の創造へと駆り立てられた。ウィーンへ帰還後も続けられた3つのソナタ作品31。

ここからほぼ結論づけられるのは、ハイリゲンシュタットの5ヵ月半は、書きかけのヴァイオリンとピアノのためのソナタをまず仕上げた後、ピアノ・トリオ編曲を除けば、ピアノ曲だけに携わっていたということである。こうして、体調のよいとき、気が向いたときに、ピアノに向い、Op.31のソナタ3曲への取り組みを中心とし、Op.34/35の2変奏曲の構想が進行したのでは、というイメージが生れる。
~同上書P510

それにしても性格の異なる数多の作品をこうも立て続けに生み出すベートーヴェンの天才に舌を巻く。

ベートーヴェン:
・ピアノ・ソナタ第18番変ホ長調作品31-3(1992.10Live)
・ロンドハ長調作品51-1(1986.6Live)
・ロンドト長調作品51-2(1986.6Live)
・ピアノ・ソナタ第28番イ長調作品101(1986.6Live)
スヴャトスラフ・リヒテル(ピアノ)

充実のソナタ変ホ長調作品31-3!!
晩年とは言え、強音は強烈な打鍵でもって、一方、弱音は撫でるように。リヒテルの音楽はただひたすら聴く者を魅了する。

人とピアノ。—両者の葛藤は解決されるものではない。シェイクスピア的なのさ! グランドピアノに向かうイグームノフの絵を思い出して見たまえ。以前、我が家に飾ってあったが、あのピアノは鮫のあごのついた恐怖の機械だ。蓋は首を切り取られた鳥を思わせる。あそこには自分の顔が映ったり、もっとひどいときには聴衆の顔が映る。プーシキンの「棺があくびをしながら万人を待っている」とはまさにこのことだ。あくびをしている棺とは、この場合、ピアノだ。そんなものを弾くのはごめんだね。
「人間とピアノ(ベートーヴェン)」
ユーリー・ボリソフ/宮澤淳一訳「リヒテルは語る」(ちくま学芸文庫)P58-59

リヒテルは空想家だ。どんな言葉にも、凡人の想像を超えたトリックがある。
一方で、彼の音楽はとても素直だ。ただし、それは外面的に。彼のピアノの音の深層にある空想を掴むことができたらしめたもの。
2つのロンドが素晴らしい。おそらく耳疾の初めの頃にも関わらず、未来に夢を描く青年の希望と志が、モーツァルト的な音を真似ながら、しかし、ベートーヴェンという個性を刻み、走る様。これぞリヒテルの空想の真骨頂。

そして、後期の入口にそびえるソナタイ長調作品101の光輝と香気。
リヒテルは、演劇から多くを学んだという。この女性的な(?)ソナタをリヒテルが駆るとき、音楽はとことん優美さを獲得し、音楽はますます人間味を帯びる(例えば、消え入るように、しかし、粘っこい思念を刻印する第1楽章アレグロ・マ・ノン・トロッポの終結部の憂愁)。

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1 COMMENT

桜成 裕子

おじゃまします。このCDを聴いてみました。18番ソナタは16・17番とセットで作品31であり、遺書を書いたハイリゲンシュタットでの半年間の間に作曲されたピアノソナタであることを、当ブログや大崎氏の著書によって認識しました。今まであまり注意を払わなかった16番、18番ですが、ハイリゲンシュタットに籠っていた時期に手掛けた作品だと思うと、興味深く関心も湧きました。これは私の気のせいや勝手な想像かもしれませんが、16番も18番も田園でのんびり楽しくやっているような雰囲気があります。また17番は、ベートーヴェンが、「この曲を理解したいのならシェイクスピアの『嵐』を読みなさい。」と言ったという話から、娘たちの裏切りや我が身の浅慮から耐え難い不幸に見舞われる誇り高きリア王を我が身になぞらえていた(弟たちに誤解されているとの思いの下に遺書を書いた)のでは?と思えてきます。
 リヒテルの18番ですが、晩年の演奏だからでしょうか、1楽章は、面白み、喜び、高揚感、陶酔感等が感じられる楽章だと思うのですが、リヒテルはそんな青臭さには鼻もひっかけず、淡々と美しくなめらかに進みます。突然の強打音が唐突に聞こえるほどです。
 ロンド51-2は初めて聴きます。なんて魅力的な曲でしょう!
 28番の3楽章は、名人というのはこのような演奏では?と思いました。見事でした。
ありがとうございました。

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