ハイドシェック ベートーヴェン ワルトシュタイン・ソナタほか(1992.6-7録音)

調子のよいときのエリック・ハイドシェックの演奏に、僕はいつも心を釘付けにされた。幾度も耳にしたエリック・ハイドシェックのベートーヴェン。彼の演奏には意志が漲る。

よくもこれほど指が回ると思わせる、スピード狂のようなワルトシュタイン・ソナタ。めくるめく第1楽章アレグロ・コン・ブリオが、何と生気に溢れることか。そして、まるで静かに瞑想するように、音を一つ一つ確かめながら弾く、短い第2楽章モルト・アダージョの深い思念と、突如として陽光差す終楽章ロンド、アレグレット・モデラート―プレスティッシモの歓び。

凄みよりはセンスある語りや閃きを聴くべき場面が多い。「ワルトシュタイン」のロンド主題がフォルティッシモで現われる部分、ハイドシェックが柔かいメゾ・フォルテで弾いているのも決して故ないことではないのである。

ライナーノーツの宇野功芳氏の言葉に僕は膝を打つ。

ベートーヴェンが《ヴェスタの火》を放棄して《レオノーレ/フィデリオ》の台本を手にするまでの間、すなわち1803年12月に書いていたのはピアノ・ソナタ《ヴァルトシュタイン》ハ長調(作品53)であった。それは「ランツベルク6」スケッチ帖でこの両作品の間(前者は120ページ以前、後者は146ページ以降)に出てくる。そこにはピアノのためのアレグレットハ長調(バガテル)WoO56とアンダンテヘ長調WoO57のスケッチが混在しているが、これらは本来、《ヴァルトシュタイン》ソナタの楽章を構成するものとして構想されたと考えてよい。
大崎滋生著「ベートーヴェン像再構築2」(春秋社)P597

ベートーヴェンの創造力の火がメラメラと燃え盛る時期の、堂々たる産物の創出の背景を具に探る大崎氏の力作には本当に目を瞠る。ワルトシュタイン・ソナタの放つ並みでないエネルギー量の所以を垣間見ると同時に、自由溌剌なハイドシェックの解釈にあらためて納得するのである。

ベートーヴェン:
・ピアノ・ソナタ第11番変ロ長調作品22
・自作の主題による6つの変奏曲ヘ長調作品34
・ピアノ・ソナタ第21番ハ長調作品53「ワルトシュタイン」
エリック・ハイドシェック(ピアノ)(1992.6-7録音)

得意の6つの変奏曲作品34がまた素晴らしい。

この作品の新機軸は主題の調性も変える、すなわち「調性の変奏」というところにある。主題がヘ長調であるのに対して、第1変奏はニ長調、第2変奏は変ロ長調、第3変奏はト長調、第4変奏は変ホ長調、第5変奏はハ短調、と3度ずつ下降していく。そして第6変奏で主調が回復し、そのまま「コーダ」と記された最後の部分に入り、そこで主題が一度、原型で回想される。
~同上書P512

何より主題が自作であることへの自負。そして、全変奏の調性がすべて異なるというのは前例がない「まったく新しい」手法だったらしい。「前人未踏」という(ハイリゲンシュタットで気炎を吐く?)ベートーヴェンのテーゼがここでも生きていることを大崎氏は指摘している。

ハイドシェックの演奏には、「エロイカ」変奏曲作品35同様、ベートーヴェンへの尊敬と憧憬の念が宿る。

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