
・・・ゆうべの演奏会は比較的上首尾でした。来合わせていたトスカニーニでさえ大いに満足していたそうです。合唱団がフランス語となると、当然事は厄介になるわけですが、今回は独唱者たちが最後まで好調でしたし、オーケストラも2年前に比べれば、上出来だったのです―ぜがひでもそうあってもらわなくてはならなかったのですが。
・・・今日1時間半ほどトスカニーニと同席しました。ぼくがアメリカ行きをキャンセルしたといって、大いに非難の言葉を浴びせていましたが・・・よく考えてみれば、二人の語らいは立派に歓談の部類にはいるでしょう。彼はなかなか幅をきかせているらしいということがよく分かりました。
(1936年5月16日付、パリからイルメ・シュヴァープ宛)
~フランク・ティース編/仙北谷晃一訳「フルトヴェングラーの手紙」(白水社)P105
前日は、オペラ座での「ニュルンベルクのマイスタージンガー」の公演だったようだ。演奏が上出来だったせいか、手紙にもフルトヴェングラーの心の余裕が見てとれる。それにしても事情を知らぬトスカニーニの激昂ぶりが暗に仄めかされていて興味深い。
1936年になると、トスカニーニの後任として、フルトヴェングラーがニューヨーク・フィルの指揮者になるという情報が流れた。しかしナチスの妨害などがあり、フルトヴェングラーのニューヨーク・フィル着任は実現しなかった。トスカニーニは4月29日にニューヨーク・フィルのシェフとしての最後の演奏会を指揮した。
~山田治生著「トスカニーニ―大指揮者の生涯とその時代」(アルファベータ)P209
トスカニーニは、期待していたのだろうと思う。
最後の演奏会直前のカーネギーホールにおけるトスカニーニとニューヨーク・フィルの演奏会は素晴らしい出来だ。
後年の、NBC響とのものに比して、壮絶な魂の発露があり、内にも外にも広がる(たぐいまれな求心力と遠心力)熱量が並みでないベートーヴェンのイ長調交響曲。そして、一層生命力豊かに歌われるのがブラームスのハイドン変奏曲!!
さらには、何と1929年の、ハイドンの「時計」第1楽章序奏アダージョの虚ろな表情に、僕は古典音楽の枠を超えた深遠な哲学を思う。
この後の、ニューヨーク・フィルの初のヨーロッパ公演旅行の大成功を予期する素晴らしさ。ちなみに、最終公演の前に、トスカニーニがニューヨーク・フィルの団員に渡した手紙には次のようにある。
私は心から悲しい。今夜はこの大成功を収めたツアーの最終公演であり、愛情に満ちた家族のようなあたたかさのなかで過ごした7週間の後、明日には別れわかれにならなければなりません。そう思うととても心が動かされます。でもそれが人生です。人生にはほとんどいつも苦い別れがつきものです。人は愛する人や親しい友人と離ればなれにならなくても、幻影は離れていきます。
しかし、今回、我々のツアーが素晴らしく芸術的なメッセージであったという幻影は我々から離れていきません。我々すべてがいつもこの甘い記憶を持ち続けることを私は確信しています。
同上書P169-170
何と慈しみに溢れた愛らしい手紙なのだろうか。これをもってトスカニーニの芸術が単に峻厳で近寄り難い熱を帯びたものでなく、真底に愛というものが間違いなく刷り込まれたものだということがわかる。だからこそ彼の音楽は古びないのだと思う。