バルツァ カレーラス デイヴィス指揮バイエルン放送響 サン=サーンス 歌劇「サムソンとデリラ」(1989.2録音)

こうして見てくると、ユダヤ人から見ればサムソンは頼もしい指導者かもしれないが、ペリシテ人から見れば、サムソンは女好きで不満があるとすぐ殺戮をする粗暴な悪人である。「聖書」では言及されていないが、おそらくデリラはサムソンに殺害されたペリシテ人の娘で、一族の復讐に燃えてサムソンを篭絡したのだとも解釈できる。ユダヤ人から見れば、指導者サムソンを誘惑する悪女であるデリラも、ペリシテ人から見ればジャンヌ・ダルクのような救国の英雄なのである。
(酒井章)
スタンダード・オペラ鑑賞ブック5「フランス&ロシア・オペラ+オペレッタ」(音楽之友社)P80

男と女があって、敵と味方があり、そしてまた昼と夜とがある。
陰陽裏表の世界は無常。立場が変われば見え方も変わる。それゆえに生きることは刺激的でまた面白い。

舞台は紀元前1150年、イスラエルのガザ。
簡潔で、しかもとことん美しい。カミーユ・サン=サーンスの音楽は渇いた心を癒す。もともとはオラトリオとして計画されたものの、最終的には歌劇として陽の目を見た「サムソンとデリラ」の魔法。
第1幕冒頭、奴隷としての哀しみから解放されることを祈るヘブライ人の合唱「神よ!」から金縛りに遭うようなオーラを発する音楽(特に低弦から発せられる重い響き)に期待が膨らむ。あるいは、第1幕終結デリラ(アグネス・バルツァ)の、サムソンを誘惑するアリア「春が来れば」の純真な美しさ(官能というより純潔美)。また、第2幕、デリラの愛の告白「あなたの声に、私の心も開く」の旋律美。どこもかしこもサン=サーンスのメロディ・メイカーとしての才能に溢れる傑作だ。

・サン=サーンス:歌劇「サムソンとデリラ」
アグネス・バルツァ(デリラ、メゾソプラノ)
ホセ・カレーラス(サムソン、テノール)
ジョナサン・サマーズ(ダゴンの大司祭、バリトン)
サイモン・エステス(アビメレク、バス)
パータ・ブルチュラーゼ(老ヘブライ人、バス)
ドナルド・ジョージ・スミス(第1のペリシテ人、テノール)
ウルマン・マルムベルイ(第2のペリシテ人、バリトン)
ロバート・スウェンセン(ペリシテ人の使者、テノール)
サー・コリン・デイヴィス指揮バイエルン放送交響楽団&合唱団(1989.2.2-16録音)

一方、第3幕冒頭、ガザの牢獄に捕らえられたサムソン(ホセ・カレーラス)の嘆きの歌もまた慈愛に満ち、美しい(神への信仰に背いたことでヘブライ人たちが苦しんでいることへの後悔の念)。

サン=サーンスは辛辣な人だったと言われる。しかし、そこには間違いなく愛があった。そのことは彼の音楽を聴けば一目(一聴?)瞭然だ。教え子であったガブリエル・フォーレの妻への言葉が興味深い。

私はサン=サーンスに、「たまたまですが、・・・今まで申し上げませんでしたが、私は何かよくわからないけれど愛情に満ちたものをあなたに感じるのです。というのも、私はそのことを、あなたの愛着の大前提だと考えているからです」、と告げたのです。そうすると彼は、疑ったであろう感情を確かめたかのように感動したのです。私をはじめとして、私たちはなんと心配性で、感受性が強いのでしょう!
ジャン=ミシェル・ネクトゥー編著「サン=サーンスとフォーレ~往復書簡集1862-1920」(新評論)P18

バッカナールのエキゾチックな官能が魂に響く。
私もあなたも正しく、また間違っているのだということを忘れてはなるまい。

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