ジャン=ベルナール・ポミエ ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第11番作品22ほか(1992録音)

ジャン=ベルナール・ポミエのベートーヴェン全集。
全32曲、オーソドックスな解釈ながらおしなべて素晴らしい出来、というより安心して聴ける演奏だ。特に、初期の作品の持つ現在の可憐さと未来への挑戦心、情緒や心情が反映される音楽を詩情豊かに表現する様子が美しい。

ベートーヴェンが自信をもって送り出したグランド・ソナタ(第11番変ロ長調作品22)は、出版社に価格交渉する際、同じ頃に生み出された交響曲第1番七重奏曲とまったく同じ値付がされていたことが興味深い(ベートーヴェンの作品は文字通り生活に結びついていて、その意味では大衆芸術家のはしりといえる)。
第1楽章アレグロ・コン・ブリオは、冒頭から何と輝かしい光を発していることか。
何より美しいのが、第2楽章アダージョ・コン・モルタ・エスプレッシオーネ。
そして、第3楽章メヌエットは、おそらく後のフランツ・シューベルトに影響を与えたであろう、永遠に続くものだと思わせる喜びの舞踊。さらに、終楽章ロンド(アレグレット)の解放よ。
しっとりした音の艶、柔和な音響こそポミエの真骨頂だろうか。

ベートーヴェン:
・ピアノ・ソナタ第11番変ロ長調作品22(1800)
・ピアノ・ソナタ第12番変イ長調作品26(1800-01)
・ピアノ・ソナタ第13番変ホ長調作品27-1(1800-01)
ジャン=ベルナール・ポミエ(ピアノ)(1992.2, 3 &6録音)

第12番変イ長調作品26は第3楽章に葬送行進曲を持つが、続く終楽章アレグロの疾風怒涛の様子(また最後が突然のように静かに閉じられる様子も)が、後のショパンに影響を与えたのではなかろうかと勝手に僕は思っている(ここでのポミエの演奏には確信がある)。

あるいは、「2つの幻想曲風ソナタ作品27」の第1曲、第13番変ホ長調は進行と共に、いよいよ音楽は熱気を増して行く。第2楽章アレグロ・モルト・エ・ヴィヴァーチェの勢い、アタッカで奏される深い祈りの第3楽章アダージョ・コン・エスプレッシオーネから終楽章アレグロ・ヴィヴァーチェへの自然な移行もポミエならでは。

1801年の手紙でベートーヴェンははじめて難聴を二人の親友に打ちあける・ヴェーゲラーの手紙にあるように「一人の愛らしい魅惑的な乙女」が現われたが、結婚はできないという失望が、思いきって自分の秘密を打ちあけることになったのか、また他の動機があったのかは不明である。ベートーヴェンが難聴を自ら他に洩らしたのはこの時書いた3通の手紙と次の年のいわゆる「ハイリゲンシュタットの遺書」だけである。
小松雄一郎編訳「新編ベートーヴェンの手紙(上)」(岩波文庫)P63

苦悩のベートーヴェン。しかし、ポミエの演奏に悲痛な色はない。

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