アルゲリッチ コンドラシン指揮バイエルン放送響 チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番(1980.2Live)

その時、ピアノは火を吹いた!

フィリップス・レコード発売30周年、制作枚数3000点突破記念、1万枚限定2,000円で手に入れた初出盤は真っ白いシンプルなジャケットだった。今やそのアナログ・レコードは手元にないが、初めて聴いたとき、僕は腰を抜かした。

自由自在、奔放な、怒涛のチャイコフスキー。
その昔、小澤征爾指揮新日本フィルの定期に客演したアルゲリッチが、ものすごいスピードで、しかも予想もしない変化球を交えながらピアノを弾くものだから、指揮者がついていくのが精いっぱいだったという、手に汗握る伝説の名演奏を髣髴とさせる、丁々発止、至極の超絶技巧演奏。

この1年後に急逝したコンドラシンにまつわる、そのときのエピソードが実に興味深い。少々長いが引用しよう。

ところで、来日公演といえば、アルゲリッチは、小沢征爾指揮の新日フィルと協奏曲の夕べでははじめこのチャイコフスキーの第1番を弾く予定になっていたのだが、来日直前に急遽彼女の希望でラヴェルの協奏曲に変えられてしまったことがあった。勿論、そのラヴェルも充分にすぐれた演奏で、当夜のききものではあったが、演奏効果の大きな曲だけに、チャイコフスキーをきくことができずに、ちょっと残念な思いをした人は、ぼくだけではないだろう。それだけに、今回の新録音は、ぼくにとっては思いがけず、江戸の敵を長崎ならぬミュンヘンで、ということにもなるのだが、フォノグラムのさんから伺った話では、彼女は来日直前の3月6日の、テンシュテット指揮北ドイツ放送響のパリ公演では、反対に、予定されていたショパンの第2番の代りに、チャイコフスキーを弾いているのだという。ただ、この時の演奏会は、例のテンシュテットの突然の辞任につながったことからも推察されるように、指揮者とオーケストラの間にはなはだギクシャクしたところがあったというから、アルゲリッチとしても、決して満足できるものではなかったらしい。少し想像をたくましくすれば、来日公演でチャイコフスキーをプログラムからはずしたのも、このあたりに伏線があるのかもしれない。しかも、テンシュテットが放り出してしまった北ドイツ放送響のアムステルダム公演では、そのために急遽コンドラシンがピンチ・ヒッターに立って、ご存知のようにリハーサル中に心臓麻痺で急逝してしまったというのだから、話は少々因縁めいてもくる。Aさんは冗談に、もしテンシュテットが北ドイツ放送響と喧嘩別れしていなければ、コンドラシンは死なないですんだかもしれないし、アルゲリッチも日本で予定通りチャイコフスキーを弾いていたかもしれない、というのだけれど、どんなものだろう。
(歌崎和彦)
~「レコード芸術」1983年5月号P228

Aさんの冗談というか推論はあながち間違ってもいなかろう。視野を広げ、視座を上げたればこそ実感できる、大清算の現代ゆえの出来事だと思う。数万年に亘る因果が、そういうところにも現れるのだ。人の業とは避けることができないもの。

・チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番変ロ長調作品23
マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)
キリル・コンドラシン指揮バイエルン放送交響楽団(1980.2.7-8Live)

第1楽章アレグロ・ノン・トロッポ・エ・モルト・マエストーソ冒頭から、文字通り「火を吹く(火を噴く?)」ような熱気に、恐らくその場に居合わせた聴衆は金縛りに遭ったのではなかろうか。今にも踏み外し、乱れるのも必至の、ライヴならではのスリルと並外れた音楽性。第2楽章アンダンティーノ・シンプリーチェの静けさと安らぎをアルゲリッチのピアノが可憐に表現する。そして、コーダに向かって猛烈なスピードで突進する、例の終楽章アレグロ・コン・フォーコの奇蹟(感極まる観客の歓呼の声援たるや)。

ちなみに、発売当時の広告には「一期一会、白熱のライヴ」とあったが、文字通り最初で最後、一期一会の壮絶な記録。

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2 COMMENTS

土井

歌崎さんの記述には間違いがあると思うんですが。コンドラシンはリハーサル中ではなく、コンサート終了後ホテルに戻ってから心臓麻痺で死んだはずです。KGBの暗殺説も囁かれてたのでよく覚えています。そもそもぎりぎりで急遽代役が決まってリハーサルなしのぶっつけ本番だったはずです。このときのマーラーの一番のCDはEMIから出ていて愛聴盤です。

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岡本 浩和

>土井様

ご指摘ありがとうございます。そうでしたか! 確かにそうだったような気もします。
コンドラシンの死については以前どこかで読んでいるのですが、詳細は記憶の彼方で、当時の雑誌の評の面白さにかまけてきちんと確認しないまま引用してしまい、失礼しました。
このときのマーラー1番は残念ながら未聴なので、入手して聴いてみます。
ありがとうございます。

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