音楽は、一切の智慧・一切の哲学よりもさらに高い啓示である。・・・私の音楽の意味をつかみ得た人は、他の人々がひきずっているあらゆる悲惨から脱却するに相違ない。
(1810年、ベッティーナに)
「ベートーヴェンの思想断片」
~ロマン・ロラン著/片山敏彦訳「ベートーヴェンの生涯」(岩波文庫)P135
ここでいう「音楽」はまさに自らが生み出した「音楽」そのもののことを指すのだと思う。恐るべき自信と確信に満ちた言葉だ。ベートーヴェンの音楽は、どの時期のものも革新的かつ内省的で、ある意味シンプルだ。余計なもののない透明な、あるいは簡潔な世界。一方彼は、次のようにも言う。
音楽は人々の精神から炎を打ち出さなければならない。
~同上書P135
いかに触発され、感化され、没頭できるかどうか。
幼少よりベートーヴェンの音楽を生活の友としたロマン・ロランは、1927年、ウィーンにおけるベートーヴェン記念祭の講演の中で語る。
われわれの幼い時からこの方、彼がいかにわれわれのために友であり、助言者であり、慰謝者であってくれたかは、私はそれを間に合わせの貧弱な言葉ではとうていいいあらわすことができない。けれどもあなた方—自らそれを経験されたあなた方は、私同様にその事を知っていられる。私の言葉を聴いていられる方々の中の多くは、ベートーヴェンに助力を負うていられる。多くの方々は、試練の時に当たってベートーヴェンに助けを求め、彼の力強い親切な魂の中で、苦悩の和らぎと生きる勇気とを汲み採られて来たのであった。
~同上書P145
智仁勇こそベートーヴェンの本懐のようだ。
それからまた1世紀近くを経て聴くベートーヴェンもまた僕たちの苦悩を和らげ、そして生きる勇気を与えてくれる。
ゾルタン・セーケイ率いるハンガリー弦楽四重奏団のベートーヴェン。
「ラズモフスキー第3番」が真摯で美しい。
第1楽章序奏アンダンテ・コン・モートの重みに心が動く。
一切のぶれなく、セーケイのヴァイオリンが優しくうねる。第2楽章アンダンテ・コン・モートの自然美はベートーヴェンと真に一体になった表現の一つではなかろうか。あるいは、終楽章アレグロ・モルトの愉悦からの哲学的神秘さよ。
一所懸命であることが大切だ。