ニコレ ハインツ・ホリガー ウルスラ・ホリガー 武満徹 ユーカリプスII(1972.3.18録音)ほか

ウェーベルンにかぎらず、武満は本当に現代音楽に心から感動できる人なのである。武満だけではない。私も、現代音楽の中に、本当に心をゆすぶられる思いをしたことがある曲が何曲かある。現代音楽に感動できる人とできない人を分けるものは何なのか。私は、結局、その人の音楽的感性の成長過程の問題だと思う。音楽的感性がまだ柔軟な間は、人はたいていのものを受け入れることができる。しかし、どこかで、特定の鋳型にはまってしまうと、それ以外のものを受け付けないようになる。
立花隆「武満徹・音楽創造への旅」(文藝春秋)P317

立花さんの言うとおりだ。何もそれは音楽的感性に限ったことではないだろう。何においても強烈な体験であればあれほど、それは先入観と化す。武満徹のように、下手な経歴などない方が良い場合も多々あるのだ。

ぼくがほかの作曲家とくらべて自分で特殊だなと思うのは、音楽家なら若いときに誰でも通過したであろうような、ベートーヴェンとか、バッハ、モーツァルトといった、古典的大作曲家の作品を通過しないで、いきなり現代音楽の最先端に入ってしまったことなんです。
~同上書P317

武満の天才(?)がここにある。
かつて武満徹の「ミニアチュールI」というアルバムに触れたとき、僕は思わず空間と時間を超えた、あの世とこの世をつなぐ、能の世界を想像した。アントン・ヴェーベルンの音楽に初めて触れたときに感じた、言葉にし難い恍惚な、とても不思議な体験だったが、「音楽創造への旅」を読んでいて、その理由になるような箇所に辿り着いた。

観世寿夫との「綾の鼓」は、その時期の作品で、十二音音楽による弦楽四重奏曲で、能の世界を表現しようとしたものだった。湯浅は、十二音音楽の中でも、ウェーベルンに能の世界と共通するものを見出だしていた。
「十二音といってもいろいろで、たとえば、シェーンベルクなんていうのは、完全にヨーロッパの伝統の上に乗っているわけで、マーラーとか、リヒャルト・シュトラウスの無調音楽の延長上にいるわけです。それに対してウェーベルンは、バッハに戻ってバッハをもっと簡潔にしたような音楽を書いた。非常に寡黙で、寡黙な音で厳しい構造を作っていく。そして、音のない部分、〈間(ま)〉が沢山ある。その辺のところが、能と似ているわけです。それで、ウェーベルンの音楽と能の共通性とか、ウェーベルンの音楽に見られる東洋性といったことをぼくがさかんに力説して、福島なんかもそれに賛成してくれて、十二音で東洋的なもの、日本的なものを表現できないかといろいろやってみたわけです。

~同上書P323

それはあくまで湯浅譲二に起こった出来事だが、以下、湯浅が指摘するように、武満の音楽には(無意識だろうか?)能からの影響が確実にあるように僕も思う。

われわれが、能をさかんに持ち上げたときも、彼はあまり共感しなかった。能を否定的にとらえるというわけではないんですが、能を特別に重要視するということもなかった。しかし、じゃあ武満に能の影響はないかといえば、ある。それもかなりあると思うんです。たとえば、彼ほど沈黙というか無音の〈間〉を重視して音楽を作る人はないですね。音を削りに削って、これ以上凝縮しようがないほど凝縮した音楽を作る人です。その辺のところには、明らかに能の影響があると思うんですね。
~同上書P325

こういう指南があってこそ、武満徹の音楽は一層光る。文字通り「創造への旅」の裏側が、こうも確かに見えたとき、創造物はついに僕のものになった。

武満徹:ミニアチュールI/アンサンブルのための作品集
・スタンザI(1969)(1969.9.27録音)
若杉弘(指揮)
長野羊奈子(女声)
伊部晴美(ギター)
永廻万理(ハープ)
安部圭子(ヴィブラフォン)
高橋悠治(チェレスタ、ピアノ)
・サクリファイス(1962)(1969.9.26録音)
若杉弘(指揮)
野口龍(アルト・フルート)
浜田三彦(リュート)
安部圭子(ヴィブラフォン)
・環(リング)(1961)(1969.9.26録音)
若杉弘(指揮)
野口龍(アルト・フルート)
伊部晴美(ギター)
浜田三彦(リュート)
・ヴァレリア(1965/69)(1969.9.25録音)
若杉弘(指揮)
野口龍(ピッコロ)
小泉剛(ピッコロ)
植木三郎(ヴァイオリン)
服部義夫(チェロ)
伊部晴美(ギター)
高橋悠治(ハモンド・オルガン)
・ディスタンス(1972)(1973.6.5録音)
ハインツ・ホリガー(オーボエ)
多忠麿(笙)
・声(ヴォイス)(1971)(1972.3.18録音)
オーレル・ニコレ(フルート)
・スタンザII(1971)(1972.3.18録音)
ウルスラ・ホリガー(ハープ)
・ユーカリプスI(1970)(1972.3.18録音)
オーレル・ニコレ(フルート)
ハインツ・ホリガー(オーボエ)
ウルスラ・ホリガー(ハープ)
ユルク・ヴィッテンバッハ指揮バーゼル・アンサンブル
・ユーカリプスII(1971)(1972.3.18録音)
オーレル・ニコレ(フルート)
ハインツ・ホリガー(オーボエ)
ウルスラ・ホリガー(ハープ)

武満自身が絶賛した、スイスの3人の音楽家による「ユーカリプス」の妖艶な歌。聞きようによっては不気味ともとれる音楽が、たとえようのない「間(ま)」の中で、途方もない生命力を持って響き渡る様。室内楽的音響がこれほどまでに拡大的に、そして普遍性をもって鳴り渡るとは。僕の耳が、ようやく(正しく)武満徹の音楽をとらえ始めたようだ。

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