Brad Mehldau The Art of the Trio Volume One (1997)

亡くなったご主人の好きだった音楽を、葬儀の時にずっとかけていたのだとある淑女がおっしゃっていた。それは、J.S.バッハの無伴奏チェロ組曲だったらしい。誰の演奏なのかはわからないという。本当はそこが大事なのだが、話が話だけに僕はそれ以上突っ込まなかった。
もう一つ、仲間がビートルズの「ブラックバード」を弾き語ってくれたというエピソードもあった。ご主人は「ブラックバード」も好きだったのだと。まったく僕と好みが似ていることに正直驚いた。

「ながら」で聞いていたので、細かい内容はすっかり忘却の彼方なのだけれど、そんなような話だったと記憶する。

幸運なことに、2年前、僕はブラッド・メルドーの来日ソロ・コンサートで”Blackbird”を聴いた。それはそれは、筆舌に尽くし難い美しさを秘めた、否、前面に押し出したパフォーマンスだった。まるでクラシック・コンサートのように、いや、それ以上に会場の静まり具合は並大抵でなかった。

ちなみに、メルドーは、フォン・オッターの独唱で”Blackbird”を録音している。オッターのドスの効いた(?)低域がいかにも渋く、レノン=マッカートニーの希望に溢れる心象風景をなぞる。

そしてまた彼は、トリオでも同曲を録音している。レノン=マッカートニーの傑作のいくつかを彼はアレンジするが、いずれもが見事な出来だ。

・Brad Mehldau:The Art of the Trio Volume One (1997)

Personnel
Brad Mehldau (piano)
Larry Grenadier (bass)
Jorge Rossy (drums)

一定の、淡々としたリズムを刻むベースとドラムスをバックに、メルドーのピアノが可憐に鳴る。何て美しい旋律だろう。ポール・マッカートニーが書いた数多の作品の中でも屈指のメロディを持つこの小さな作品が、メルドー・トリオによって大いなる生命力をもって新たな作品として僕たちの眼前に姿を現す。ポイントは、即興的な(?)アレンジを伴う後半部だ。ジャズの粋、音楽の喜び、すべてがこの中に詰まっている。

乱暴でも粗雑でもないが、メルドーの語法、フレーズの構築には過激なところがある。内側から行けるところまで押し広げようとする、静かでクールな熱意がある。フリー・ジャズの突貫が頓挫した後の、一旦しりぞいた後退地点から、モダン・ジャズの遺産を毀さずに、その可能性を内圧をかけて拡張しようとする意志力は、見かけよりはずっと根が太いものであるはずだ。それを、右手から独立した左手の複雑な動きが支え、メロディ・ラインの細分化された屈折が明確に特徴づけ、ノリを抑えた変拍子やフリーなビートのリズム感が担保している。
つまり、どこから見てもモダン・ジャズなのに、静かに異和を持ち込もうとしている。

牧野直也著「リマリックのブラッド・メルドー」(アルテス・パブリッシング)P70

メルドーにあるのは、哲学でいうところの、まさに「止揚」なのだろうと思う。主題を逸脱することなく、しかし、ギリギリのラインまで壊すそのパフォーマンスによって聴く者を圧倒的に惹きつける。

嗚呼、”Blackbird”は永遠だ。

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