ゲッダ フィッシャー=ディースカウ リッダーブッシュ クーベリック指揮バイエルン放送響 プフィッツナー 歌劇「パレストリーナ」(1973.2録音)

使命をいかに全うするか。
亡き妻ルクレツィアこそが創造の根源であったパレストリーナの本願(死への共感!)。言葉では言い尽くせない真髄を、彼は音楽に賭けることができた。天からもたらされた才能の業である。ハンス・プフィッツナーの音楽は、高邁でなく、どの瞬間も実に謙虚に滋味に満ちる。ジョスカン・デ・プレをはじめとする過去の音楽家の幻影が示唆するミサ曲を、ついにパレストリーナは霊感を得て、書き下ろしたのだ。
宗教や政治さえも動かす創造の力。オペラ「パレストリーナ」の初演は、ブルーノ・ワルターやトーマス・マンなど、かかわる人々を大いなる感動に包んだという。

1917年6月12日、ミュンヘンのプリンツレゲンテン劇場においてブルーノ・ワルターの指揮にて初演。初演後、プフィッツナーはワルター宛次のような手紙を送っている。

この前のようなプフィッツナー週間を、現に実行に移した者は、まったく偉大な芸術家かつ人間でのみありうる。きみの果たした業績は卓越していて—だれひとり及びもつかない! そしてぼくの感謝する以上に、この途方もない成功—かつてぼくの体験したこともない底のものが、まさしくそうだった! ときみに感じさせるだろう。
ロッテ・ワルター・リント編/土田修代訳「ブルーノ・ワルターの手紙」(白水社)P168

作曲者自身をこれほど感動させ、感謝の念を起こさせたワルターの技。かれもまた、自身の使命を一つ一つ謙虚に全うしていった人だった。プフィッツナーのこの手紙に対してワルターは次のように返信する。

親切な言葉をほんとうにありがとう、とても嬉しいものだった。にもかかわらず—きみが僕に感謝している! どちらのほうに大きな恩義があるか、だれに恩義を究められようか? 思うに—ぼくのほうだ。どれほどぼくの生活を豊かにしてくれたことだろう! そこからは測り知れぬ祝福が発現するであろうし、すでに発現している事柄を手伝わせてもらうのは、なんという幸せであろうか!
(1917年6月25日付、ハンス・プフィッツナー宛)
~同上書P168

芸術家が互いに共鳴し、生かし合うとき、世界は平和になる。この後、ワルターは宣伝楽旅として「パレストリーナ」をもって戦時下のスイスを巡ることになる。

「パレストリーナ」客演旅行はほぼ確実で、それも11月19日にミュンヘンを出発し、20日はバーゼルで、22日にはベルンで、24日にはチューリヒで演奏するようもくろまれている。ぼくは次の木曜に3日間の予定でスイスへ行くが、3つも町とも場所の様子を知悉し、必要とあらば変更を打ち合わせるためだ。ぼくはこれがとても嬉しいし、今後じゃまがはいることは、まずあるまいと思う。
(1917年9月28日付、ハンス・プフィッツナー宛)
~同上書P170

音楽の持つ力の美しさ。そして、歌劇「パレストリーナ」の力強さ、素晴らしさ。願わくば、ブルーノ・ワルターが録音を残しておいてくれていたらというところだが、ないものねだりは止そう。

・プフィッツナー:3幕の音楽的伝説「パレストリーナ」
ニコライ・ゲッダ(ジョヴァンニ・ピエルルイージ・ダ・パレストリーナ、テノール)
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(ローマ枢機卿カルロ・ボロメーオ、バリトン)
ヘレン・ドナート(パレストリーナの息子イギーノ、ソプラノ)
ブリギッテ・ファスベンダー(パレストリーナの弟子シッラ、メゾソプラノ)
カール・リッダーブッシュ(教皇ピウス4世/トリエント領主司教枢機卿クリストフ・マドルシュト、バス)
ベルント・ヴァイクル(教皇特使枢機卿ジョヴァンニ・モローネ、バリトン)
ヘルマン・プライ(スペイン王の特使ルーナ伯爵、バリトン)
ゲルト・ニーンシュテット(トリエント公会議式部官エルコレ・セルヴェロルス、バス)
ヘリベルト・シュタインバッハ(教皇特使枢機卿バルナルド・ノヴァジェーリオ、テノール)
フリードリヒ・レンツ(イタリア・ブドーヤの司教、テノール)
ヴィクトル・ファン・ハーレム(ロレーヌの枢機卿、バス)
ジョン・ファン・ケステレン(アッシリアの総主教アブディーズ、テノール)
ペーター・メーフェン(プラハの大司教アントン・ブルス・フォン・ミューグリツ、バス)
アダルベルト・クラウス(イタリア・イーモラの司教テオフィルス、テノール)
フランツ・マツラ(スペイン・カディスの司教アヴォスメディアーノ、バス)
カール・クライレ(グロセットのダンディーニ、テノール)
アントン・ロズナー(イタリア・フィエーゾレ司教、テノール)
ヨーゼフ・ウェーバー(イタリア・フェルトレ司教、バス)
レナーテ・フライアー(パレストリーナの妻ルクレツィア、アルト)
グートルーン・ロズナー=グラインドル(若い神学者ヴルフ・フォン・ロッホナー、テノール)
パウル・ハンゼン(スペイン司教、テノール)、ほか
テルツ少年合唱団(合唱指揮:ゲルハルト・シュミット=ガーデン)
バイエルン放送合唱団(合唱指揮:ヨーゼフ・シュミットフーバー)
ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送交響楽団(1973.2録音)

音楽は終始、静かに、ある意味淡々と、厳粛に進んで行く。歌手陣も力まず、各々の力量を発揮し、プフィッツナーの音楽を謙虚に(?)音化する。物語中の老パレストリーナは、創作力を失ったのではなく、文字通り「謙虚さ」を保っていたのである。内から湧き上がる音楽の大いなる力よ!第1幕前奏曲から、何という厳しい、慟哭の調べだろう。終盤のパレストリーナと9人の大作曲家の幻影との、決して派手ではない対話の、神韻縹渺たる様が美しい。

また、冒頭、荒々しく、劇的な第2幕前奏曲の生命力よ。壮大な管弦楽の前奏に続く僧正セヴェロルス(ゲルト・ニーンシュテット)の合図によってトリエント公会議が始まるが、会議の論争激化、喧騒を予言するかのような暗く重い音楽の堂々たる響き。

そして、短い第3幕の舞台はパレストリーナの家。前奏曲の静謐さをはじめ、音楽に一貫して流れる慈悲の精神は、作曲家の心中を表わしたものかどうか。最後の、パレストリーナの主への祈りと共に奏されるオルガンの妙なる響きに感無量。

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2 COMMENTS

“スケルツォ倶楽部”発起人

岡本先生、ご無沙汰してます。私 “スケルツォ倶楽部”発起人です。
プフィッツナーの隠れ名作「パレストリーナ」を採り上げてくださり、ありがとうございます。興奮して思わず色めき立ってしまいました。
音楽史に実在した大作曲家パレストリーナを主人公に、名曲「教皇マルチェルスのミサ 」成立のドラマをそのまま台本にしてしまった稀有なオペラ。しかも劇中 パレストリーナのもとを フランドル楽派の音楽家たちジョスカン・デ・プレやハインリヒ・イザークが 霊感を与えに訪れるという、そんな幻想的な第二幕の素晴らしさったら(幕切れに鳴り響くサン・ピエトロ大聖堂の鐘も 素敵ですよね )・・・
70年代にクーベリック/バイエルンRSO & ゲッダ、フィッシャー=ディースカウ、ブリギッテ・ファスベンダー、カール・リッダーブッシュ、ヴァイクル、プライ という目眩しそうなドリーム・キャストを起用し レコーディングされた、おそらく唯一の大手(D.G.原盤 )メジャー・レーベルをご紹介くださり、感激です。これほどまで素晴らしいオペラが なぜ今ひとつ注目されないんでしょうね。ホント、先生のおっしゃるとおり ブルーノ・ワルターの録音でも残されていたら、絶対に評価も変わっていたはずですよ、って(笑)無い物ねだりは、ゲルハルト・シュトルツェのノヴァジェリオも同じか。ああ、クーベリック盤のキャストに シュトルツェ のキャラクター・テノールが 入っていたらなあ!
・・・って、言いたいことだけ言い放ち 失礼いたしました、ポチして また!

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岡本 浩和

>“スケルツォ倶楽部”発起人 様

ご無沙汰しております。コメントをありがとうございます。
かなりの興奮状態でいらっしゃることがコメントから垣間見えます。(笑)

昨今はキリル・ペトレンコ指揮フランクフルト歌劇場によるものやシモーネ・ヤング指揮バイエルン国立管による映像も出ているので、だいぶ一般に浸透しつつあるのかとも思われますが、それでもまだまだですね。
こういう作品は演奏会形式で良いので、一度でも実演に触れることが鍵のように思います。
コロナ禍の中では至難かもしれませんが、できれば読響などが定期演奏会で採り上げてくれたら絶対参戦するのですが・・・。

それにしてもブログで紹介されているヘーガー盤は未聴で、絶賛されるヴンダーリヒのパレストリーナやシュトルツェのノヴァジェーリオを耳にしてみたいものです。また楽しみが増えました。こちらこそご紹介をありがとうございます。

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