Pink Floyd “The Dark Side of the Moon” (1973) (2003 Remaster)

私はこの世で智恵子にめぐりあったため、彼女の純愛によって清浄にされ、以前の廃頽生活から救い出される事が出来た経歴を持って居り、私の精神は一にかかって彼女の存在そのものの上にあったので、智恵子の死による精神的打撃は実に烈しく、一時は自己の芸術的製作さえ其の目標を失ったような空虚感にとりつかれた幾箇月かを過ごした。彼女の生前、私は自分の製作した彫刻を何人よりもさきに彼女に見せた。
「智恵子の半生」
高村光太郎「智恵子抄」(新潮文庫)P125

高村光太郎にとって智恵子の存在がいかに大きかったか。結局は男というものの性が、母なるものの存在あってのことなんだと知らしめられるエッセイ(?)だ。なんという慟哭。

彼女はよく東京には空が無いといって歎いた。私の「あどけない話」という小詩がある。

智恵子は東京に空が無いといふ、
ほんとの空が見たいといふ。
私は驚いて空を見る。
桜若葉の間に在るのは、
切つても切れない
むかしなじみのきれいな空だ。
どんよりけむる地平のぼかしは
うすもも色の朝のしめりだ。
智恵子は遠くを見ながらいふ。
阿多多羅山の山の上に
毎日出てゐる青い空が
智恵子のほんとの空だといふ。
あどけない空の話である。

~同上書P130

あどけないどころではない。智恵子はなんと純真で清浄な心の持主であったことか。

彼女がついに精神の破綻を来すに至った更に大きな原因は何といってもその猛烈な芸術精進と、私への純真な愛に基く日常生活の営みとの間に起る矛盾撞着の悩みであったであろう。
~同上書P132

世界はもともと矛盾から成り立っていることを僕たちは忘れてはならない。それゆえに、その矛盾から発露される理不尽から世界の本質を学ぶことが大事なんだということも僕たちはまた忘れてはならない。

ピンク・フロイドの傑作「狂気」を思った。
結局、すべてが見性体験であることを、このアルバムは問うていたのだと僕は思う(ロジャー・ウォーターズはわかっていたけれど、ついに壁を超えることができなかった)。

・Pink Floyd:The Dark Side of the Moon (1973) (2003 Remaster)

Personnel
David Gilmour (vocals, guitars, Synthi AKS)
Nick Mason (drums, percussion, tape effects)
Richard Wright (organ (Hammond and Farfisa), piano, electric piano (Wurlitzer, Rhodes), EMS VCS 3, Synthi AKS, vocals)
Roger Waters (bass guitar, vocals, VCS 3, tape effects)

このあまりに巨大なアルバムを、今まで僕はある意味完璧に受容し切れなかった。熱狂するもどこかで冷めた自分がいた。しかし、ようやくわかった気がする。人間のエゴと命の儚さと、そして何より陰陽二元世界の中で息苦しく生きる人間が、どうすれば解脱できるのか、悟りの境地に足を踏み入れることができるのかを問うているのかもしれないと。彼らはもがいているのだ。もちろん当人たちにそんな意識はないだろうけれど。
Rolling Sotone誌の「ピンク・フロイド『狂気』知られざる10の真実」が秀逸だ。

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