イエペス J.S.バッハ リュート組曲イ短調BWV995ほか(1973.9&12録音) 

そんなライプツィヒは、一方ではまた「教会の国」という呼び名を奉られたほど、教会と礼拝が、ひとびとの生活に入り込んでいた町でもあった。1539年に、マルティン・ルターが聖トーマス教会で説教を行っていらい、ライプツィヒは「ルター派の砦」として知られていたのである。
加藤浩子著「バッハへの旅―その生涯と由縁の街を巡る」(東京書籍)P232

人生の後半をライプツィヒで過ごしたバッハの篤い信仰心を思う。

1723年5月22日。バッハ一家はライプツィヒに到着した。まず家財道具を積んだ4台の馬車が、そして2時間ほど遅れて、2台の馬車に分乗したバッハ夫婦と子供たちが。
5月は、ドイツで一番美しい季節のひとつだ。長い冬と短い夏の間にたたずむ、光と風の透き通る季節。緑がきらきらとしたたる野を馬車でよこぎり、窓の向こうにライプツィヒの市壁を眺めたとき、38歳のバッハの胸を何がよぎっただろうか。それから27年間という年月をこの地で過ごし、個々に骨を埋めることになるなど、たとえ一瞬でも考えただろうか。

~同上書P233

光陰矢の如し。27年は長い時間だが、おそらくあっという間だっただろうと思う。
トーマスカントールという重責を担い、寸暇を惜しみ働くバッハが、息抜きのために作ったものなのかどうなのか、おそらくライプツィヒ時代に編曲されただろうとされるリュート組曲は、文字通り「光と風が透き通る」光景を僕たちに見せてくれる。一挺のリュートによる哀愁帯びる音楽のあまりの美しさ、あるいは悲しみ。

ヨハン・セバスティアン・バッハ:
・リュート組曲イ短調BWV995(原調:ト短調)
・リュート組曲ホ長調BWV1006a
・フーガイ短調BWV1000(原調:ト短調)
ナルシソ・イエペス(ギター)(1973.9&12録音)

無伴奏チェロ組曲第5番ハ短調BWV1011をバッハ自らがリュート用に編曲したものを、さらに10弦ギター用に移調し、イエペスが心を込めて歌う。僕の感性には第4曲サラバンドが、(原曲以上に)明るく響く。イングマール・ベルイマン監督が名作「叫びとささやき」のあるシーンで用いたサラバンドとともに、人間関係の冬の心理を描いた何ともシビアな姉妹の表情に、かれこれ40年近く前、初めてその映画を観た僕は衝撃を受けた。

ベルイマンは語る。

しかしただ一つ特異な点は、室内は色調はさまざまでもすべて赤で占められていることだ。なぜそうなのか私に聞かないでほしい。私にもわからないのだ。私自身、その理由を見つけようとしてみたが、どうも多少なり滑稽なものしか考えつけなかった。その中で一番ぼんやりしているが一番もっともらしいのは、これは人の内面にかかわる現象だからということであった。つまり幼年時代の私は、赤い色調の湿った膜に似た魂の内側という形でいつでも表現できるからである。
三木宮彦著「人間の精神の冬を視つめる人 ベルイマンを読む」(フィルムアート社)P250-251

「叫びとささやき」製作開始にあたって監督はそう言った。
楽器によって音楽の質はこんなにも変わるのか。それこそ真っ赤なサラバンドがイエペスのギターによって透明にされたような印象である。

無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番ト短調BWV1001の第2楽章から編曲されたフーガイ短調BWV1000も何だかとても儚い(ちなみに、同じくオルガン曲に転用されたフーガニ短調BWV539もヘルムート・ヴァルヒャの演奏を聴く限りにおいて悲しくとても美しい)。

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