アルバン・ベルク四重奏団 バルトーク 弦楽四重奏曲第4番(1985.12録音)ほか

計算された知の産物。
それでいて精神性の高い、バランスの中にある傑作。おそらくそれは、常に0(ゼロ)を目指していたのだろうと僕は思う。

学校で出会いそうな問題を予想してみたこともある。ある日の昼食時、「摂氏5度が烈氏4度なら、摂氏45度は烈氏で何度かな?」と質問された。私は両方の目盛がある壁の温度計に歩み寄ったが、「そうではなく、自分で計算しなさい」と止められた。そこで「摂氏5度は烈氏4度、摂氏10度は烈氏8度、摂氏15度は・・・」と数え始めた。「そうするのでもない」と父はさえぎり、簡単な方程式を使い、4:5=X:45,ゆえにX=4×45÷5=36と教えてくれた。
ペーテル・バルトーク著/村上泰裕訳「父・バルトーク―息子による大作曲家の思い出」(スタイルノート)P18

バルトークの真面目で几帳面な性格と、数学的知見こそが彼の作曲の原点であることが垣間見えるエピソードだ。

正しい言葉遣いは父にとって特に重要で、不注意のちょっとした文法ミスも許さなかった。私が父に宛てた手紙に誤った言い方があると、主旨が十分伝わっていても指摘された。
~同上書P19

白血病で療養中の晩年のバルトークが、息子ペーテルに宛てた手紙の多くは愛情と同時に、それゆえの神経質な説教じみた正論の、批評的な言葉に溢れていることが確かに興味深い。

おまえのこの仕事は、今のところ適切に思える。仕事の内容があまりおもしろくなくても、仕事がないよりはいい。もっとふさわしい仕事が見つかったら、どっちみちそこをやめてもいい。できれば仕事場がどこにあるかくらい知りたいものだ。そうすれば、おまえがどうやって通勤して、時間がどれくらいかかるか想像できる。
(1943年8月16日付)
~同上書P365

息子思いの父だ。それにこの手紙には、確かに文法ミスの指摘もある。

前回、おまえの手紙に間違いがあった。おまえのD-4という区分について、移民なんとかを取るまでそのままだと書いてあった。だが、正しくはそれを獲得しない間と書くべきだったな。父親ぶって余計な説教になってしまった。
~同上書P366

人間バルトークの温かさ、あるいは厳しさ。ヒューマニスティックな、そういう側面が革新的な音楽の背景にも聴き取れる。

バルトーク:
・弦楽四重奏曲第3番(1927)(1985.6.4-7録音)
・弦楽四重奏曲第4番(1928)(1985.12.13-17録音)
アルバン・ベルク四重奏団
ギュンター・ピヒラー(ヴァイオリン)
ゲルハルト・シュルツ(ヴァイオリン)
トーマス・カクシュカ(ヴィオラ)
ヴァレンティン・エルベン(チェロ)

凝縮された唯一無二の音楽を研ぎ澄まされた方法で音化するアルバン・ベルク四重奏団の名演奏。特に、3つのパートから成る一楽章制である第3番の、文字通り計算された知に、暗澹たる音調を超えて精神の充足を僕は感じる。あるいは、プロ・アルテ四重奏団に献呈されたバルトーク渾身の傑作、シンメトリックな構成の第4番の大胆さ、ピチカート・グリッサンド、コル・レーニョなど、革新的音響の宝庫に舌を巻く。民謡踏襲の路線から抜け(?)独自の世界を築き上げたこの音世界は、一世紀を経た今も驚くべき「新しさ」を醸すのだ。それにしても難曲をいとも容易く(?)奏する四重奏団の卓越した音楽的能力にもはや拝跪せざるを得ない。

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