Paul and Linda McCartney “Ram” (1971)

どんな場合でも、ビートルズは人に気をつかうとか、感謝の念を示すといったことをする種類の人間ではなかった。見た目にも明らかに私の仕事に感謝しているとわかる時でも、体裁をととのえて「本当によくやってくれたよ、ジョージ、3週間ぐらい休暇をとったら」などとはいったりしなかったし、私もまったくそんな彼らの態度を期待しなかった。彼らはだれからも何からも自由で、人との間のつまらない束縛を嫌った。私が彼らを最も気に入ったのは、そうしたところであって、それが私を彼らと契約させたのだった。
ジョージ・マーティン/吉成伸幸・一色真由美訳「ザ・ビートルズ・サウンドを創った男―耳こそはすべて―」(河出書房新社)P240

ジョージ・マーティンの回想を読むにつけ、ビートルズの4人が起こした奇蹟は、もちろん彼らの才能の賜物であるに違いないが、それを見極めたプロデューサーの力量によるところが大きかったことがあらためてわかる。それは、マーティンの心の余裕、器の大きさが生み出した奇蹟だったともいえよう。マーティンは言葉を続ける。

彼らからのいかなる見返りも私には興味がなかった。私の欲しかったのは、ただ、いい歌だけだった。そして彼らは立派にそれをかなえてくれた。初め、私は神にかけてこういったものだ。ああ、これはきっと長く続くことじゃない。こんないい歌を生み出すグループに、これからもずっと望むわけにはいかないだろう。だが彼らはやった。
~同上書P240

わずか8年ほどの活動期間にビートルズの成し遂げた偉業は計り知れない。マーティンの予言通り、確かに長続きはしなかったのだけれど。

重要なことは終わった後だ。
メンバー各々が、ビートルズという「幻想」を叩き壊し、それを超えるのにある程度の時間を要した。ジョン然り、ポール然り(ビートルズの解散と同時にその束縛からいち早く逃れられたのはジョージだったのか)。

ポール・マッカートニーは、最初のソロ・アルバムをほぼ独力で制作した。荒削りの、にわか仕立てのようなそのアルバムは、50余年を経た今聴くととても新鮮だ。そこからは、ビートルズの呪縛から逃れんと必死に自身の居場所を探し巡り、地に足を着けんともがく彼の姿が思い浮かぶ。解散直前、おそらくポールは見事に孤独だった。孤立無援の中、何とかビートルズを継続させようと内心穏やかでなく、必死だったことだろう。ソロになり、新たなバンドを結成するいわば過渡期に生み出されたのが、唯一、リンダとの合作となった”Ram”であった。リリース当初は評判よろしくなかったこのアルバムも、やはり半世紀を経た今聴くと真に素晴らしい。夫婦二人三脚での喜びに溢れた、孤独から解放されたポールがそこにいる。

・Paul and Linda McCartney:Ram (1971)

Personnel
Paul McCartney (lead and harmony vocals, acoustic and electric guitars, ukulele, bass, piano, keyboards)
Linda McCartney (harmony and backing vocals; co-lead vocals)
David Spinozza (guitar)
Hugh McCracken (guitar)
Denny Seiwell (drums)
Heather McCartney (backing vocals)
Marvin Stamm (flugelhorn)
New York Philharmonic

様々なスタイルの音楽が収録され、ポールの多彩さが発揮された名作。
個人的には、永遠の佳曲”Uncle Albert / Admiral Halsey”から”Smile Away”へとつながる、光彩放たれるA面最後の歌たちに感動したあの頃が忘れられない。そして、B面2曲目の、”Monkberry Moon Delight”の、ポールの変幻自在のヴォーカルに感極まり、リンダとリードを分かつリラックス・ムードの”Long Haired Lady”の歓喜に心が躍る。

つまり、「ラム」は、愛情あふれる妻と家族の応援、改めて湧き起こった音楽制作への情熱、そして再出発を図る世界的なスーパースターが引き続き抱くクリエイティヴなヴィジョンによって突き動かされたアルバムなのだ。
(サイモン・ハーパー/ザ・ビートルズ・クラブ対訳)

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