メニューイン フルトヴェングラー指揮フィルハーモニア管 バルトーク ヴァイオリン協奏曲第2番Sz.112(1953.9録音)

下手な小説以上に優れた描写、情景の詳細な表現に思わず惹き込まれる。
ベラ・バルトーク夫妻の、亡命先のアメリカでの日々の生活を具に描く「バルトーク晩年の悲劇」は、病に冒され、次第に衰えていくバルトークの様子を克明に捉え、同時に妻ディッタの心の内を明らかにしていて、実に興味深い(ファセットの構成力もさることながら、野水氏の翻訳の素晴らしさ!)。

あの人がいなくなるかもしれない。あの人が今のようにはもはや存在しなくなるだろうという思いが時折私に襲いかかるの。あの白髪の柔らかい線があの人の周囲の空気に触れて、音もたてずにあの古いフランネルの長着を着て歩く姿を際立たせているあの様子、あの人の古びたフェルトのスリッパはほとんど床に触れもせず、あの人自身の静寂が、あの人に寄り添って動いているあの様子がなくなってしまうんだ、と考えるの。こうしたことすべてが終わりになったとき、他のものはどうなるのでしょう。あの人がかつて行ったことのあるあらゆる場所を訪ねて、彼を探さなければならないということだけは判っているわ。あの人が通っていったあらゆる野を、草の葉を一枚一枚分けていくの。高い建物に挟まれた街へも行くわ。あの人がひとりで、あるいは仲間と行ったところ、私の行ったことのない見知らぬ土地をすべて求め歩くの。あの人の目に入ったもの、それ以上のすべてのもの、あの人の通った道にあるあらゆる物を理解してゆくの。そしてあの人のもので残っているものすべてから、あの人に生を与えなければならないわ。あの人が再び自らを形成するために遺しているあらゆるものから。
アガサ・ファセット/野水瑞穂訳「バルトーク晩年の悲劇」(みすず書房)P333-334

実際、ディッタが語った言葉なのか、多少の創作が入っているのか、それはわからない。しかしながら、ディッタにとってベラがどれほど大切な人であったか、ディッタのベラへの他の何ものにも代え難い愛情がこの一文から十分に読み取れる。

晩年、不遇であったといわれるバルトークは、本当はとても幸せだったのではないか。そんなことを考えさせられた(妻や友人の献身的サポートがあり、慣れないアメリカ生活における仕事の心配も、クーセヴィツキーやメニューインが作品を委嘱することで彼に結果的に大金をもたらしてくれたのだから)。

この数年間というもの、バルトークは自作の「ヴァイオリン協奏曲」を聴く機会を待ちわびていた。アムステルダムでの初演には出席できなかったのだ。その際の独奏は曲の献じられた友人ゾルタン・セーケイが演奏したのだが、ついに今度はトシ・スピヴァコウスキーによって、カーネギーホールで演奏されることに決ったのである。1943年10月のことである。
「不思議だ。」演奏が終わると、バルトークはまだ深く感動しながら言った。「アメリカでこれがいつの日か演奏されるとすれば、ジョスカ(ヨセフ・シゲティ)が弾くものとずっと思いつづけていたんだ。だが、スピヴァコウスキーは、この曲の当初の曲想に正確に従って、生命を与えてくれたんだよ。」

~同上書P305-306

初めて聴いた自作の素晴らしさにバルトークの感激のほどがうかがわれる。
アムステルダムでの初演(1939年3月23日)のバックは、ヴィレム・メンゲルベルク指揮コンセルトヘボウ管弦楽団が務めたが、残された実況録音は空前絶後の名演奏であり、この曲の決定盤の一つであるといえる。

一方、若きユーディ・メニューインがフルトヴェングラーの指揮するフィルハーモニア管弦楽団をバックに録音したバルトークの協奏曲は、一切の恣意性を排除した、いかにもフルトヴェングラーらしい有機的な、生命力あふれる音楽の流れを維持した初演のそれを凌駕するものだと僕は思う。

・バルトーク:ヴァイオリン協奏曲第2番Sz.112(1937-38)
ユーディ・メニューイン(ヴァイオリン)
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮フィルハーモニア管弦楽団(1953.9.12-13録音)

若きメニューインと最晩年の老巨匠の協演。
しかもいまだ現代音楽たるバルトークの協奏曲の鮮烈な、そして堂々たる演奏。果たしてこの演奏を作曲者自身がもし聴いたら何と思ったのだろう?

第1楽章アレグロ・ノン・トロッポ冒頭から懐かしい音楽が耳をくすぐる。
バルトークらしい、がっしりとした知的な構成の中に、妖艶と言っても良いほどの、咽ぶ、官能的な音楽が縦横に鳴り響く様は、やはりフルトヴェングラーの指揮によるところが大きいだろう。続く第2楽章アンダンテ・トランクィロは、変奏曲形式であり、各々の変奏の移り変わりの絶妙な変化が的を射る。そして、終楽章アレグロ・モルトの、アレックス・ロスが言うところの「解き放たれた感覚」の真骨頂!!

本曲一押しの名演奏だ。

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