The Beatles “Now and Then” (2023)

音を最大限に楽しむには、必要なのは耳だけ。健康な状態に保つ、ことを忘れずに。
ジョージ・マーティン/吉成伸幸・一色真由美訳「ザ・ビートルズ・サウンドを創った男―耳こそはすべて―」(河出書房新社)P107

私はけっして典型的なレコード・プロデューサーではない。いわば、何でも屋であって、すべて完全にはマスターしていない。天才はだより多才な人間を受け入れてくれるこの世界に進んだのは、何よりも幸運だったといえよう。
プロデューサーとしてかなり変わっていると私がいわれるのは、アレンジの能力に負うところが大きい。レコード・プロデューサーの仕事には必要でないことだが・・・。

~同上書P364

それぞれジョージ・マーティンの言葉である。
人間が最初に与えられる器官は聴覚だそうだ。「耳を呈する」と書いて「聖」。良い耳を持つことがどれだけ大事なことか、僕はジョージ・マーティンから教わった。そして、音楽に限らず物事を上手にアレンジできる能力の大切さ。そのこともマーティンから教わった。彼はビートルズとの契約時のことを次のように回想している。

はっきりいって、そこで聴かされた曲全部について興味が持てなかった。私は早急に彼ら向きの曲を見つけ出さなければならない必要を感じた。彼らの曲作りの能力では、先行き売れる見込みはまったくなかったからである。
私の気持ちは7月までには固まった。私はビートルズとレコーディングの契約をしたいとブライアン・エプスタインに申し出た。難しい契約だった。最初の1年間に4曲も録音することを取り決め、レコード1枚両面の売り上げにつき1ペニーの印税を、ブライアンを含めた彼ら5人で分けることになった。さらに、できるだけ彼らの有利になるように、1年増すごとに一段階ずつ印税を増して、5年後には2ペンスになるような仕組を作った。すなわち、彼らがそれから先5年間、EMIと契約を続行することになり、その間私は1年に2枚以上のシングル盤を作ることを強制されないことになったのだ。さかのぼってみれば、そのことからEMIの制作創意を促す良い方向が生まれたのである。

~同上書P181

マーティンが、5人目のビートルといわれる所以はこういうところだ。
そして、ビートルズの各々の才能の開花を促したのはマーティンその人の先見の明含めた力量だったことがよくわかる。

・The Beatles:Now and Then (2023)

Personnel
John Lennon (lead and backing vocals)
Paul McCartney (lead and backing vocals, bass, lap steel guitar, piano, electric harpsichord, shaker)
George Harrison (backing vocals, acoustic guitar, electric guitar)
Ringo Starr (backing vocals, drums, tambourine, shaker)

Production
Paul McCartney, Giles Martin, Ben Foster (string arrangement)
Produced by Paul McCartney and Giles Martin, with additional production by Jeff Lynne

“Now and Then”を聴いた。
ビートルズの最後の楽曲としてリリースされた作品は、ジョン・レノンがダコタハウスで生前デモテープとして残していた録音にAI技術を使ってポールが中心となって、アレンジ、ミックスした代物だ。確かに再創造された音楽にはジョンがいて、またジョージ・ハリスンもいた。

四半世紀前、”Anthology”がリリースされたときにも、同じような楽曲が話題になったことは記憶に新しい。”Free As a Bird””Real Love”。それは間違いなくビートルズの作品ではあったが、ジェフ・リンの個性際立った音で、まるでエレクトリック・ライト・オーケストラ(ELO)を聴いているかのようで、当時から僕には違和感があった。果たして今回もプロデューサーにジェフの名前が連ねられており、(受け入れられるだろうかと)耳にするまで多少の疑念が僕にはあった。
聴いてみていかにもジョンらしい佳作だと思った。
しかし、いくらジャイルズが関わっていようが、ジョージ・マーティンの関わらないビートルズは、僕にとってビートルズではなかった。

それに、海賊版で流通している1977年のデモテープの音源を耳にすると、この暗澹たる曲調にその頃のジョンの生き様、心の様子が見事に反映され、”Grow Old With Me”と同様、ナチュラルにそのままリリースした方が良かったのではないのかと、ビートルズとしてリリースする必要性まで疑ってしまうほど、その出来はビートルズっぽくなかった。

ちなみに、ジョンの作った歌は、後悔するならやめろとでも言いたくなる、いつものように自省の歌。その歌すらもポールの色調に転化され、(2ヴァース目がごっそりカットされ)妙にポップな仕上げ(?)になってしまっているのが、僕には何だかとても寂しかった。

ビートルズはやっぱり1970年の時点で散会しているのだとあらためて思う。

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