ヴィンセント メンゲルベルク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管 マーラー 交響曲第4番ト長調(1939.11.9Live)

もちろん今これからは何かきついことが僕の許に訪れて、ふたたびここを占拠する。という次第で、依然として僕は半々、第四の世界に生きているのだ。—これは僕のその他の交響曲とまったく違ったものだ。だが、そうでなくてはならないのだ。僕には同じ状態を繰り返すのはできない相談だ—そして人生が先へ進むにつれて、新しい作品ごとに新たな軌道を測量して踏破するのだ。だからこそはじめはいつも仕事に入っていくのがかくも難しいのだ。それまで身に着けた常套の手練手管は、役に立ってくれない。新たにもう一度、新しいもののために学びなおさなければならないのだ。かくして永遠の駆け出しというわけさ!
(1900年8月18日付、ニーナ・シュピーグラー宛)
ヘルタ・ブラウコップフ編/須永恒雄訳「マーラー書簡集」(法政大学出版局)P260-261

浪漫の極み。
第1楽章冒頭からテンポの伸縮激しく、しかし決して不自然に陥らず、グスタフ・マーラーの真意を見事に音化した名演奏。
マーラーは同じ手法に陥ることを嫌い、常に進化、深化を求め、自らを追い詰めた。指揮者としての解釈も同様だっただろうと思う。そんな彼はヴィレム・メンゲルベルクの独自の解釈を評価した。

・マーラー:交響曲第4番ト長調(1900)
ジョー・ヴィンセント(ソプラノ)
ヴィレム・メンゲルベルク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団(1939.11.9Live)

リマスタリングによって実に鮮明に音楽が蘇っている(観客のノイズまでもがリアルな音像を示す)。全曲メンゲルベルクの独壇場だが、やはり第3楽章アダージョのとろけるような、天上の生活を髣髴とさせる安寧の音楽があまりに美しい(何という甘美なポルタメント!!)。続く終楽章におけるジョー・ヴィンセントの(多少癖のある、しかし)開放的なソプラノにまた愉悦を思う。

本日お手紙を差し上げました主な理由は、あなたの許の驚嘆に値する合唱団と見事なオーケストラに、私の謝意を代弁して伝えていただきたいとお願いすることであります。この両者が一致協力してあの日々に達成したことは、私—とあなた—だけが判断しうるものであります。こん比類ない活力、この深い真剣さ、それあってこそじつに、かくなる最難曲のまさに模範的な演奏が達成されえたものと感謝に堪えません。どうか演奏者のすべてに、私を感動させた彼らの熱意と火を噴くような昂揚をけっして忘れることはないであろうとお伝えくださいますよう。
(1904年11月4日消印、ヴィレム・メンゲルベルク宛)
~同上書P311

1904年10月末にマーラーはアムステルダムに赴き、コンセルトヘボウで《第2》と《第4》を初演したという。10月23日に初演された《第4》に関しては何と同じ一晩に2度演奏されたらしい。

過去記事(2021年5月16日)


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