アレクサンドル・スクリャービン(1872-1915)。
巨匠は神秘主義なるものを掲げて音楽の革新的創造を図ったが、あの時代では気狂い扱いだったのではないか。ただし、1世紀を経た現代なら通用するだろう。時代がスクリャービンに追いついた。
それでも初期の、ショパンをより高度にしたような浪漫音楽は、中でも喜怒哀楽という人間感情の宝庫だ。
40余年前、ホロヴィッツの演奏でスクリャービンの幾つかのピアノ作品を聴いて、僕は痺れた。ドメニコ・スカルラッティの音楽もホロヴィッツで知った。
なるほどホロヴィッツに教えてもらった名曲は数多ある。そういえば、ムツィオ・クレメンティに出逢ったのもホロヴィッツによってだった。
スクリャービン没後100年を記念してホロヴィッツのスクリャービン演奏がまとめられたセットからの1枚。不健康極まりない、狂気のスクリャービンと躁鬱気質のホロヴィッツの掛け算。今後、これを超えるスクリャービン演奏はまず出ないと思う。
ホロヴィッツは「どんな天才でもすべての作品が傑作だとは限らない。だから全集というものを作ろうと思わない。というより作れないんだ」というような言葉を残している。
それならば、彼がここに選んだスクリャービンの作品は、ホロヴィッツが太鼓判を押す逸品だということになる。幾度聴いても思う、やっぱり最高だと。