晩年のフリッチャイの姿を見慣れていた僕は、発病前の彼の写真を見て、その容姿のあまりの変わりように(かつて)愕然とした。こういっては何だが、激やせした後の彼の顔相は、どちらかというとキリスト的であり、何か遠くを見つめ、余分なものが抜け落ち、悟った人のように思えた。
フリッチャイは特異な人である。彼は彼自身の宿命によって、ブダペストからヴィーンを経てベルリンへと導かれた。私たちの誰をも心底から感動させ、「政治」というスローガンとは無縁であるべき考察の極限点に、この宿命はつねに接していた。彼は独自の精神世界を持っており、そこではモーツァルトからコダーイまで、ベートーヴェンからブラームスを経てバルトークまで、芸術の多様性から生命の統一までが繋がっていた。そして、彼はその結び付きを力ずくでなく達成したのだ。この最も重要なハンガリー人指揮者は、世界への曇りなく自由なまなざしにおいて、ドイツの伝統を備えつつ、人道主義に立って考えるヨーロッパ人になっている。この人は極めて高い芸術的境地にありながらも、ブルーノ・ワルター(故郷を去らねばならなかった)のようではなく、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(故国を去ろうとしなかった)のようでもなかった。そればかりかエドヴィン・フィッシャー(故国であるスイスに強いこだわりを持って留まった)でもなかったのである。
(エリック・ヴェルバ)
~フェレンツ・フリッチャイ著/フリードリヒ・ヘルツフェルト編/野口剛夫(訳・編)「伝説の指揮者 フェレンツ・フリッチャイ 自伝・音楽論・讃辞・記録・写真」(アルファベータブックス)P89-90
病気になった後の彼の音楽はもちろんどれもが美しい。
しかし、死を目前にした彼の芸術ではなく、未来に希望を持ち、脂の乗り切っていた時期の録音はどれもが推進力に満ち、抜群に濃厚な演奏を聴かせてくれる。
先のヴェルバの言葉は、最晩年のフリッチャイに送ったものだろう。
「人道主義に立って考えるヨーロッパ人」に成る前に、フリッチャイはあらゆる国の音楽を吸収し、すべてを統合しつつ熱量高い音楽を生み出す「音楽に奉仕するヨーロッパ人」だった。
「新世界」交響曲の旧録音を聴いた。
第1楽章アダージョ—アレグロ・モルトは、いかにもドヴォルザークの音楽に没頭する指揮者の姿の顕現だ。特に主部に入ってからの勢いと金管群の圧倒的な迫力、そして打楽器の轟音に言葉を失う。
続く第2楽章ラルゴの優しさ。イングリッシュホルンによる主題の美しさもさることながら嬰ハ短調による中間部の哀感こもる旋律の歌わせ方はフリッチャイの独壇場。
動と静の対比が美しい第3楽章スケルツォを経て、鋼の如くのリズム弾ける終楽章アレグロ・コン・フォーコの奇蹟。フリッチャイのとるテンポはいずれもが「こうあらねばならぬ」という中庸を示す。見事だ。
ベルリン・フィルとの「モルダウ」は、その2年前にフルトヴェングラーがウィーン・フィルを指揮して録音したものに比してまったく遜色なく、むしろベルリン・フィルの暗い音を生かした、より哲学的で、深みのある内容を持つ。
フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィル ハイドン 交響曲第94番ト長調Hob.I:94「驚愕」(1951.1録音)ほかしかし、私たちの心の動きや感情を表現するもう一つのやり方もある。それは芸術の言語であり、言葉でなく色や線や寸法によって、音の違いやリズムや強弱によって私たちに語る。この言語の中で最も多様で秘密に満ち、しかも最も神的な芸術は音楽である。何という秘密がそこにはあるだろうか。性愛について考えることなく、音楽は私たちに愛についての全てを感じさせることができるのだ。私たちは魂において最も高い充実を、もっとも純粋な完成を音のみによって体験する。これこそは神の秘密であり贈り物、私たちの人生で最も見事な美化ではないだろうか?
(フェレンツ・フリッチャイ)
~同上書P40
そして、喜びの爆発が手に取るようにわかる「ボヘミアの森と草原から」は元気印のフリッチャイの最右翼。
フリッチャイは心から音楽を愛していたのだとわかる。
つくづく早世が惜しまれる。