シューリヒト指揮バイエルン放送響 ヘンデル 合奏協奏曲ニ短調作品6-10ほか(1961.9録音)

芸術と実務を両立させたマルチ・タレントであったヘンデルは、バッハとは真逆の、インターナショナルな視野と視座で、世界を相手に自身の音楽を流通させた天才だった。
ローカルなバッハとの比較という意味では、彼は明朗快活であり、エネルギーが常に外を向いた作曲家だった。

近代オーケストラによるヘンデルを聴くと、ヘンデルの音楽の内なる荘重さに気づかされる。ただし、その音調は明らかにバッハとは異なる、独特の響きであることが興味深い。

アンセルメとフルトヴェングラーは、音楽に関して数多くの著述を遺したが、シューリヒトはほとんど書くことがなかった。彼が書き残したものに、私たちの関心は大いに惹かれるだけに、これは残念なことである。
彼はジュネーヴのゴーティエ通りに住んでいた経済的に苦しかった時代に、ヘンデルとブラームスを研究していた。どちらも多くの資料に基づきながら、格調高く人間味ある知性によって書かれた優れた研究である。それは衒学趣味に陥ることなく、それぞれの作曲家の生きたさまざまな様子をその目で見ているかのような内容で、その経歴の追い風になったり、妨げとなった歴史的、社会的、感情的な状況にまでも神経が行き届いているものだ。それは多くの光や影とともに、心理的な要因や困難をどう克服したか、分かち合った喜び、夢や行動の及んだ領域、天職に捧げる愛情など、彼らの才能を形作っていったものに光を当てている。それらは、作品の中身を生きた経験によって位置づけようとするもので、優れた作品がいかにして生まれるかという神秘的な領域を検証するものだ。偶然性の彼方にある本質を目指して、いつもは身振りと言葉によって音楽家に伝えているものを、文章の力によって表現しようとする純粋なシューリヒトがここにいると言いたい気持ちに駆られるものである。

ミシェル・シェヴィ著/扇田慎平・塚本由理子・佐藤正樹訳「大指揮者カール・シューリヒト―生涯と芸術」(アルファベータ)P364-365

音楽そのものだけでなく作曲家の人生を深掘りせんとするシューリヒトの姿勢は、そのまま彼の創造する音楽にも当てはまる。真摯な姿勢、誠実さ、良心の発露、そんな言葉を幾つ並べてみても、実際には「聴いてみない」ことにはシューリヒトの真意は理解できないが、それでも残された録音に耳を傾けることで、音楽そのものの美しさ、素晴らしさが体感できるのだから、それはまさにカール・シューリヒトの力であることは間違いないだろう。

ヘンデル:
・合奏協奏曲ヘ長調作品3-4
・合奏協奏曲ニ短調作品6-10
・合奏協奏曲ハ長調「アレクサンダーの饗宴」
・合奏協奏曲イ短調作品6-4
カール・シューリヒト指揮バイエルン放送交響楽団(1961.9録音)

盟友フルトヴェングラーの演奏が「暗」とするなら、シューリヒトのそれは「明」だ。
(あくまで僕の個人的な感覚による)
(悲劇が悲劇でなくなる明朗さ)
どちらが良い、悪いという問題ではなく、それらは完全なコントラストの中にある。

フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィル ヘンデル 合奏協奏曲ニ短調作品6-10(1944.2.7Live)ほか フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィル J.S.バッハ 管弦楽組曲第3番(1948.10.22Live)ほか

そして、クレンペラーのそれともまたまったく違った印象を示すのがシューリヒトならでは。近代オーケストラのための解釈にもかかわらず、クレンペラーのような重みは彼の中にはない。(ここには生きることへの希望が刻まれる)

クレンペラー指揮フィルハーモニア管のヘンデル合奏協奏曲作品6-4(1956録音)ほかを聴いて思ふ

シューリヒトにとって、音楽は、バッハもヘンデルも少年時代の楽しい想い出の一コマだった。そういう原体験が彼の音楽の随所に垣間見える。

カール・シューリヒトは、父親がいない悩みはなかったと子供時代の楽しい思い出を語っている。
「祖父を中心に、会社の従業員たちも、みんな大きな家族のように暮らしていました。ひとつ屋根の下で、オルガンのパイプを作ったり、木を削っているうちに一日が暮れるような毎日でした。夏の日曜日には三台の馬車を借りて、田舎へ遊びに出かけ、みんなで食事をした後にメンデルスゾーン、バッハ、ヘンデルの曲を声を揃えて歌っていたことを思い出します」。

~同上書P31

シューリヒトには卑屈さがない。
彼の生み出す音楽の素直さの源泉はそこにあったのだと思う。

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