フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィル モーツァルト セレナーデ第13番ト長調K.525「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」(1936.12.28録音)ほか

フルトヴェングラーのポリドール録音の深遠な響きに感動する。
後にはライブですらほぼ採り上げることのなかった小品すらも大交響曲のように響き、すべてが実に素晴らしい。もし100年前に、世界に今くらいの録音技術があったなら、どれだけ数多の貴重な名演奏・名録音が生まれていたことだろうか、そんなことを想像するに興奮が脳内で渦を巻く。

私たちのコンサート活動がおそろしく衰退したという事実は否定しがたい。現代、文化活動全体があらゆる部門で同じ萎縮のプロセスをたどっているともいえようが、音楽の分野にあっては、さらにこれに加うるに、近来とみにいちじるしいメカニカルな音楽制作の脅威、つまりレコードやラジオの脅威というものがある。いたるところに感知される音楽的な関心や理解の低下にとって、はたしてこの脅威が原因をなすものか結果をなすものかは不明である。私たちが真に憂慮するところはメカニカルな音楽による脅威そのものではなくして、音楽体験とその能力の消失、その衰退なのである。
「音楽の生命力」(1931年)
フルトヴェングラー/芦津丈夫訳「音と言葉」(白水社)P39

フルトヴェングラーにとってレコード録音は二次的な音楽活動であって、当然主たる活動ではなかった。しかし、たぶんお金のためもあっただろう、残されたこの当時の録音は、彼の思いとは裏腹に、とても貴重で、優秀な「レコード芸術」だった。
古い録音からでも感じることのできる生命力をして、巨匠が心配していたほど能力の衰退は起こっておらず、むしろ録音を通じての聴者の想像力という点では昔より今の方が優れているのではないかと思えるほど。

・ワーグナー:楽劇「神々の黄昏」から第3幕「ジークフリートの葬送行進曲」(1933録音)
・ベートーヴェン:劇音楽「エグモント」作品84から序曲(1933録音)
・モーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」K.492から序曲(1933録音)
・モーツァルト:歌劇「後宮からの逃走」K.384から序曲(1933録音)
・ロッシーニ:歌劇「セヴィリアの理髪師」序曲(1935録音)
・ウェーバー:歌劇「魔弾の射手」作品77から序曲と第3幕前奏曲(1935録音)
・モーツァルト:セレナーデ第13番ト長調K.525「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」(1936.12.28録音)
・ヨハン・シュトラウスII:喜歌劇「こうもり」序曲(1936.12.28録音)
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

貴重な小品が並ぶ。
そのすべてがフルトヴェングラー渾身のセッション録音といえる。
これら小さな音楽の無心に耳を傾ければ、音楽芸術の素晴らしさが身に沁みることだろうと思う。

唯一の「フィガロの結婚」序曲や「後宮からの逃走」序曲はベルリン・フィルならではの、そしてこの時代の象徴のごとき「暗さ」を秘めているが、それがまたどうにも美しいのである。

個人的には当時のブルーノ・ワルター指揮ウィーン・フィルとのものと双璧の「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」の、深沈たる雰囲気を醸すフルトヴェングラーの演奏が好きだ。

ワルター指揮ウィーン・フィルのベートーヴェン「レオノーレ序曲第3番」(1936録音)を聴いて思ふ ワルター指揮ウィーン・フィルのベートーヴェン「レオノーレ序曲第3番」(1936録音)を聴いて思ふ

一と口にモーツァルトのセレナーデと言われる、愛情と魅力と輝きの本尊のような「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」は随分沢山レコードされているが、その優雅にして端正な美しさで、コロムビアのワルター指揮のものを第一に推さなければなるまい。続いて録音のやや悪いのを我慢すれば、ポリドールのフルトヴェングラー指揮の、重厚壮麗さを採るのが順当だろう。最近、新人カラヤン指揮のがコロムビアからSP、LP両方で出た。
「独逸舞曲」も沢山入って居るが、コロムビアに入って居るワルター指揮の第1番から3番までの3曲だけに止めよう。
嬉遊曲(ディヴェルティスマン)も極めて愛すべきものであるが、取立てて言うほどのレコードは記憶しない。
序曲は有名なものは重複して沢山入って居るが、傑出したのは「フィガロの結婚」のフルトヴェングラー指揮(ポリドール)、「魔笛」のメンゲルベルク指揮(ビクター)の程度ではあるまいか。

あらえびす「クラシック名盤楽聖物語」(河出書房新社)P84-85

あらえびすの推薦するモーツァルトの管弦楽曲録音はすべてが素晴らしいと思う。
(メンゲルベルクの「魔笛」序曲は未聴)

それにしても「こうもり」序曲の、生きているかのような躍動と喜びはフルトヴェングラーならではあり、遅めのテンポで粘る「こうもり」に感服する。

1933年初めにナチスが権力を握ると、プロイセンのすべての州立劇場とベルリン第一の歌劇場である州立歌劇場は、ヘルマン・ゲーリングの管理下に入った。フルトヴェングラーは既にヴァイマール共和国最後の時期に州立歌劇場との契約に署名していたので、この契約を守るのは当然のことで、ゲーリングがこの契約を破棄して音楽監督の地位をフリッツ・ブッシュに与えようとしたとき、ゲーリングがとやかく介入する理由などまったくないと考え、契約を守るよう迫って承知させた。
ベルリン・フィルハーモニーを含むオーケストラ、市立歌劇場、プロイセン以外のすべての劇場、およびマス・メディアは、宣伝相ヨーゼフ・ゲッベルスの支配下に入った。その後の暗黒の12年間、ドイツの文化界、とくにオペラの世界は、この二人の男が権力を求めて激しく戦う戦場となる。そしてもっとも重要な争点がプロイセン州立歌劇場だった。

サム・H・白川著/藤岡啓介・加藤功泰・斎藤静代訳「フルトヴェングラー悪魔の楽匠・上」(アルファベータ)P254

歴史に、そして政治に翻弄された天才たちの音楽は、1世紀を経過した今も生き生きと残る。
(時代の空気感までも刻印しつつ)

フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィル ワーグナー 楽劇「トリスタンとイゾルデ」から第1幕前奏曲とイゾルデの愛の死ほか(1930録音)

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

アレグロ・コン・ブリオをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む