
無限な静寂の翳、まだ精霊どもの息吹きも漂わぬ、つらぬき難く、達しがたく、測知しがたくひろがっている繁みの厚い暗がりに包まれてただ自分の霊だけがあった—あたかも、(無限性に有限なる性を比べてみるために)やがて滅びるべき運命を持つ者の眼が、明るい鏡に見入るかのように・・・。
(ベートーヴェンの『手記』より、1815年)
~ロマン・ロラン著/片山敏彦訳「ベートーヴェンの生涯」(岩波文庫)P172
オペラの上演中に倒れ、帰らぬ人となった指揮者は多い。
僕の記憶で新しいところは、かれこれ四半世紀前のジュゼッペ・シノーポリ(1946-2001)。
(その後もあるだろうが、そのニュースを耳にしたときの衝撃という意味で忘れられない)
古いところでは、ヘルマン・シェルヘン(1891-1966)だろうか。
(今年は、シノーポリ生誕80年、シェルヘン没後60年の年だ)
シノーポリ指揮ウィーン・フィルのシューマン交響曲第2番ほかを聴いて思ふ
大概が過労によるものか、もともと持病があって、無理が祟り、極度のストレスから死期が早まったか、そんなところだろうか。特に、ライヴにおいては激烈な指揮を繰り拡げるケースが多いと思うが、残されたシェルヘンの実況録音を聴く限りにおいて、音楽そのものはもちろんのこと、唸り声などからもその凄まじさが明らかに伝わってくる。
最晩年のベートーヴェン・ツィクルス。
そのどれもが狂気の沙汰(?)でないほどの素晴らしさ。
もともとは、リリース当時騒がれた「エロイカ」が気になって手に入れたものだが(山野楽器の制作)、今、僕の心をとらえるのはむしろ交響曲第1番の並大抵でない生命力と力強さ。
(渾身のアタックと、燃え立つ焔のような斬り込みに、翌年に命を落とすことになろう人とは思えない)
ベートーヴェン:
・交響曲第1番ハ長調作品21(1965.1.8Live)
・交響曲第3番変ホ長調作品55「英雄」(1965.2.12Live)
ヘルマン・シェルヘン指揮ルガノ放送管弦楽団
時を経ず、あらためて。
劇的、そして動的な第1楽章アダージョ・モルト—アレグロ・コン・ブリオは怒れるベートーヴェン。
続く第2楽章アンダンテ・カンタービレ・コン・モトの、冒頭ほんの少しは静的な柔和な音調を示すが、すぐさまシェルヘンらしい激性を獲得する代物。あるいは、舞踊曲とは思えぬ第3楽章メヌエットは限りなくスケルツォ(諧謔曲)の様相を表わす。
そして、終楽章アレグロ・モルトの爆発!
こんなに素晴らしい演奏だったとは、30余年を経てようやく気がついた。
カップリングの「エロイカ」についてはもはや書くことなし。
永遠不滅の名演奏。
