
ワルター・ギーゼキング没後70年。
ギーゼキングは、驚異の暗譜能力を誇ったというが、それは、天性の映像記憶と楽譜の分析力、そして聴覚の集中力によるものだったといわれる。
たとえば、彼は「ピアノに向かって何時間も同じパッセージを繰り返す練習は、時間を無駄にするだけでなく耳を悪くする」と考えていた。そのため、頭の中で音を鳴らし、打鍵の感覚を完全にイメージすることで、ピアノに触れることなく何曲もの大曲を暗譜・習得していたのである。
また、ギーゼキングはほとんどの録音を一発録りで完璧に演奏したともいわれる。
少なくともレコーディング技術が今ほどには至っていない初期はそうだったと思われるが、晩年の、すでに編集作業が可能な時代においても同様だったというのだから驚きだ。
個人的には、ギーゼキングの優秀な聴き手ではなかったが、年齢を重ねるに至って、完璧ともいえる演奏にようやくシンパシーを感じるようになった。あまりにも四角四面な印象を受け、遠ざけていたのは僕の不徳の致すところだけれど、ウィーン時代のブルーノ・ワルターと協演したベートーヴェンの「皇帝」などは、当時のものとしては比較的耳に優しい録音ゆえか繰り返し聴き、癒されてきたものだ。
10月、ワルターはウィーン・フィルと初めての録音—ワルター・ギーゼキングを独奏とする、ベートーヴェンのピアノ協奏曲《皇帝》の見事にエレガントで、しかも英雄的な演奏—を行った。それからアムステルダムに行って当地最上のオーケストラと一連のコンサートをした。
~エリック・ライディング/レベッカ・ペチェフスキー/高橋宣也訳「ブルーノ・ワルター―音楽に楽園を見た人」(音楽之友社)P343
「エレガントで、英雄的な演奏」とはうまい表現だ。
(実際には録音は10月ではなく9月のようだ)
ワルター指揮ウィーン・フィルのベートーヴェン「レオノーレ序曲第3番」(1936録音)を聴いて思ふ 「田園」については、オーパス蔵の生々しい復刻に後塵を拝す。
