朝比奈隆指揮新日本フィル ベートーヴェン 交響曲第6番ヘ長調作品68「田園」(1989.4.6Live)

この“純粋ペア”の2シンフォニーはあらゆる点で対照的である。もっともそれを逆手にとって共通項を探すのも興味深いが、それは当然、ひとりの人格から生み出されたものだからあって当たり前である。そうした根底レヴェルにおける同一性の上層部分を観察すると、補完し合う対照的な2創造物であることは火を見るよりも明らかである。4楽章対5楽章、ハ短調対ヘ長調、音と音との関係のみで成り立つ絶対性対標題(プログラム)のある表象性、創造者の自我対感情の描写、内面対外面、どちらも作者ベートーヴェンの2つの側面を代って表している。そのように仕組むことは創作の大前提として明確に意識され、その結果がこの2作品である、と考えるべきであろう。
~大崎滋生著「ベートーヴェン像再構築2」(春秋社)P689

大崎さんのベートーヴェン研究は瞠目に価するものばかりだが、ベートーヴェンの意志以上に天の意思が働いていたように僕には思われる(独断及偏見的推量に過ぎないが)。ベートーヴェンの、陰陽二元を描き、その上で大自然への感謝を解決に持ってこようとする意図。(それは、初演時と出版時で番号が逆さになったことからも推測できる)
そして、「田園」という標題をベートーヴェン自身が付したことがより重要なのである。
(初演時のプログラムには「パストラール・ジンフォニー または田園生活の追憶、絵画というより感情」とあったそうだ)

朝比奈隆指揮新日本フィル ベートーヴェン 交響曲第2番ニ長調作品36(1989.3.11Live) 交響曲第5番ハ短調作品67(1989.5.15Live)

この全体タイトルがベートーヴェンによって確かに設定されるのは、1809年3月4日付ブライトコップ&ヘルテル社宛書簡において「ヘ長調シンフォニーのタイトルは、パストラール・ジンフォニーあるいは田園生活の追憶、絵画というより感情の表現」と指定したときであった。これは作者の最後の明確な意志であって、出版社は原版出版時にこれを尊重したが、この3つの文言の内、最後のものはカッコ付きとした。新カタログはこの作品の全体標題として初めて、この書簡の通りに起こした。
~同上書P693

「絵画というより感情の表現」という大事な一句が出版社によって軽視された(?)ことの意味。(それこそ人類が天に対する謙虚さを失ったことの証左であり、そもそもベートーヴェンは人々に「感謝」を思い出せと伝えたかったのだろうと思うのである)
この標題の構想の初出メモには、次のようにあるそうだ。

パストラール・シンフォニー
そこでは、絵画ではなく感情が表現される
それを、田園の享受が人間のなかに生み出す
その際、田園生活のいくつかの感情が描かれる

~同上書P694

僕の人生で体験した「田園」交響曲ベスト4。
実演では、1989年の朝比奈隆指揮新日本フィル、そして、2007年の宇宿允人指揮フロイデ・フィル、音盤では、フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィルの1952年セッション録音にザンデルリンク指揮ケルン放送響による1985年のライヴ録音が加わる。

これらの演奏を聴いたとき、僕の心に衝撃が走った。
例えば、朝比奈の「田園」に関して言うなら、大阪フィルとのものも、後年の新日本フィルとのときにも感じなかった筆舌に尽くし難い感情が、1989年の「田園」にはあったのである。

そして、ラジオから流れてきたザンデルリンクのものにも釘付けになり、同じく池袋の芸術劇場で触れた宇宿允人の演奏にも僕は大いに痺れた。
そういう、魂にまで届く演奏には滅多に出遇わない。
真の名演奏は何の前触れもなく、突如として目前に姿を表すのである。

・ベートーヴェン:交響曲第6番ヘ長調作品68「田園」
朝比奈隆指揮新日本フィルハーモニー交響楽団(1989.4.6Live)

同年1月7日の昭和天皇崩御という現実が朝比奈隆にもたらした奇蹟なのだろうか。
(もちろん朝比奈にそのような意識はないだろうが)
音楽は、悉く慈愛に包まれ、鷹揚なる精神に満たされ、そして相変わらず重心の低い、重みのある音調で鳴り響く。もはや指揮者の意図というより、ベートーヴェンがそもそも描こうとした「感謝の表出」であり、朝比奈隆渾身の「田園」交響曲である。

道の道とすべきは、常の道に非ず。
名の名とすべきは、常の名に非ず。

(老子道徳経第1章)

音楽そのものを、感動を言葉にした時点でもはやそれは音楽そのものではない。
日々、そういう矛盾の中で僕は書くが、細かい内容そのものは忘れていただきたい。
何しろ宇宙の根源とつながる術が、名演奏といわれるものの内には歴とあるのだから。

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