実は何も理解していない

音楽好きの僕は若い頃よく空想に耽っていた。例えば、ティタニア・パラストでフルトヴェングラーとベルリン・フィルの演奏を聴いている夢を見たり、ワルター&ニューヨーク・フィルの実演に触れる機会を得たのに、聴く前に夢から醒めたり(笑)(そういえば今日はワルター没後50年目の命日だ)。
あの頃、そう1980年当時は家庭用のビデオなどもほとんど出回っておらず、たとえ映像の中でも彼らの動いている姿を目の当たりにするというのは一大事で、時にフルトヴェングラーの映画などが封切られたときは喜び勇んで出かけ、実際にその姿に触れた時は失禁するほど(笑)感動したものだ。今となっては懐かしい思い出。

そういう強い思い入れを持つロック・バンドもあった。The BeatlesやLed Zeppelinもご多聞に漏れず。しかし、ライブとくれば「太陽と戦慄」から「レッド」までを残した時のKing Crimson。彼らの生ステージをどれだけ夢見たことか。映像どころかおそらくライブ盤すら当時は一般に流通していなかったと思うので、確かNHK-FMの番組でクリムゾンのライブが放送されたときはラジオの前に鎮座して一点集中聴いたものだ。今でこそあの頃のキング・クリムゾンのライブ音源や抜粋の映像は簡単に手に入るし、Youtubeなどでも閲覧可能だから、本当に良い時代(その分ありがたみが少々減った。イメージング力の枯渇)。

1972年から74年あたりのクリムゾンのライブはどれも静謐でありながら強烈だ。
”Starless and Bible Black(邦題:暗黒の世界)”の音源の一部となったアムステルダム・コンセルトヘボウでの実況録音が1998年に正式にリリースされたときは狂喜乱舞した。そして、実際に最初の音を耳にしたその瞬間腰を抜かした。

King Crimson:The Night Watch Live at the Amsterdam Concertgebouw(1973.11.23)

Lineup
David Cross(Violin, Viola, Melotron)
Robert Fripp(Guitar, Melotron)
John Wetton(Bass, Vocal)
Bill Brufford(Drums)

・Easy Money
・Lament
・Book Of Saturday
・Fracture
・The Night Watch
・Improv:Starless and Bible Black
・Improv:Trio
・Exiles
・Improv:The Fright Watch
・The Talking Drum
・Larks’ Tangues In Aspic Part 2
・21st Century Schizoid Man

この圧倒的音量、そして本人たちの弁とは裏腹に見事に集中力に富む音響。4人の魂が一つになる。王陽明の説く「事上磨練」を体現するかのようなバンドの在り様!各楽曲については何も言うまい。実際にコンセルトヘボウで聴くかのように黙ってこの2枚を連続で聴けばわかる。

ところで、このアルバムのライナーには意味深い言葉が目白押し。「いまここ」なり。

クリムゾンのモットー:「自分が何をしているか理解していると思うとき、実は何も理解していない」
ある特定の語彙や楽曲は、ある特定の時期にのみ有効である。風向きが変われば全てが違ってくる。プレイヤーにとって正しいと思われたことも、機能していたことも突然その力を失う。おそらくは聴き手にとっても事態は同じだろう。確立されたやり方、意見、わずかばかりの信頼の全てを破棄しなければならなくなる。そういう場合のクリムゾンの伝統的な対処法は、ある周期の終わりが来た時に解散することである。そのタイミングはこれまで完璧だった(ロバート・フリップ)

僕たちは長い間ツアーに出ていて、コンセルトヘボウでプレイする頃には疲れ切っていた。アメリカでのサーカスのような大ノリのショーに比べて、ヨーロッパではずっとフォーマルでシリアスな雰囲気だった。だからオーディエンスに暖かく迎えられているという状態以上にその場を盛り上げるのは本当に大変なことだった。確か当日は僕たちの前にクラシックのコンサートがあって、僕たちは深夜にショーをやることになり、それでいつもより待ち時間が長かった。バンドの士気は上がらず、メンバーは4人とも疲れて気分もバラバラでステージに上がった。自分でも何をプレイしているのか全く自覚がないほどバンドは落ち込み、エネルギーもなくなり、何をやっても突破口が見つからない状態だった。もう止めるしかないというところまで来た。そんな時、このハッピーでかつ悲しい曲をプレイし始めたらなぜか僕たちが今どこにいるのかが判ったのだ。ビルはドラム・キットの前に出て、スティックを胸の前に重ねて突っ立ったままだった。僕たちは後にこの曲を「トリオ」と名づけた。(デイヴィッド・クロス)


2 COMMENTS

雅之

おはようございます。

>ワルター没後50年目の命日
そして、
>アムステルダム・コンセルトヘボウでの実況録音
の話題ということなので(笑)、

マーラー:交響曲第1番『巨人』、ブラームス:『運命の歌』 ワルター指揮アムステルダム・ コンセルトヘボウ管弦楽団 (1947年10月16日、1947年10月22日 ライヴ)
http://www.hmv.co.jp/product/detail/1992876
ワルターの録音で私が最も好きなのは、マーラーです。マーラーと同時代の息吹を感じられるからです。

集積回路が奏でる、クリムゾンやワルターは、断じて「いまここ」の記録ではなく、年寄り連中が喜ぶ「いまは昔」の録音です。

私たちは電気の魔法にかけられているんですね(笑)。

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岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。
ご紹介の盤は残念ながら未聴です。聴いてみたいです。

>私たちは電気の魔法にかけられているんですね

まぁ、録音というのはそういうものです。

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