偉大な平凡人

芸術家が少々やんちゃで、常識外れというのは定説ではあるが、例外もある。
大抵の場合はその崇高な作品とは裏腹に、低俗で鼻持ちならない性格を持つものなのだけれど、僕のこれまでの知識から絞り出してみても人としてとてもまっとうな生き方をした人はドヴォルザーク以外に知らない。それに、彼の音楽はどれもが一級品で、現代においても世界中のどこかで常に演奏され、多くの人々に親しまれているわけだから、不真面目で不安定な(?)生活態度・性質こそが創造の源であるというのは間違った考え方にも思えてくる。
もうかれこれ15年以上前だけれど、プラハを訪れた時のことはいまだに忘れられない思い出。何とも中世的な景観が損なわれない、薄暮を迎える頃のタイムトリップしたような感を覚える中欧独特の街並みは、これぞヨーロッパという歴史の証であり、ここにドヴォルザークがいたんだと気づいたときに何とも言えない心地良い気持ちになった。かつてモーツァルトが愛し、「ドン・ジョヴァンニ」が生み出された都市(ドヴォルザークが避暑に過ごした夏の家も訪れたっけ・・・)。

明日はすみだ学習ガーデン第2期クラシック音楽講座の第2回。ドヴォルザークの「新世界」交響曲を採り上げるが、わかっていても感動し、興奮するのがこの音楽。本当によくできている。せっかくなので映像の視聴比較などもしてみようと思うが、余白には彼がアメリカ赴任時代に創作した作品たち―「アメリカ」四重奏曲、チェロ協奏曲、ヴァイオリン・ソナチネなど―を並べてみる予定。

ドヴォルザーク:弦楽四重奏曲第12番ヘ長調作品96「アメリカ」
スメタナ:弦楽四重奏曲第1番ホ短調「わが生涯から」
アルバン・ベルク四重奏団(1989.10,1990.5Live)

久しぶりに聴いた「アメリカ」はやっぱり名曲。生で聴いてもこうやって録音で聴いても愉快になるし、演奏後の聴衆の反応は常に格別。ドヴォルザークの天才はチェコの民族音楽とアメリカの、それもネイティブ・アメリカンの音楽的語法をきちんと融合し、しかもそれが決して難解にならず、万人に愛されるようなメロディと構成をもって書けたところだろう。ジャズ音楽がまだまだ表に出てくる以前でありながら、ジャズ的要素を大いに含んだヨーロッパ・クラシック音楽の最右翼。後のドビュッシーやラヴェルのフランス的洗練とは別の次元の、あくまで土俗感を失わない大衆音楽。聴けば聴くほど味わいが出、不思議な懐かしさを醸す作品群。
そしてまた、カップリングのスメタナの作品が実に悲しげで大らかで、素敵な音楽であることか。作曲者自身の言葉によると「私の人生の思い出と、完全な失聴というカタストロフィーを描いたもの」だという。第3楽章は「後に私の忠実な妻となった少女との初恋の幸福な思い出を蘇らせてくれる」ものらしい。懐かしさと美しさと。
全盛期アルバン・ベルク四重奏団の緊密なアンサンブルと溢れ出るような抒情は完璧。良いアルバムである。

「ドヴォルザークは典型的な朝型の芸術家で、早寝早起きを励行し、家族に対してはよき夫であり、また、よき父であり、芸術家にありがちな奇行や偏屈なところがほとんどなかった。これだけの大家で、幅広く仕事をしながら秘書も雇わず、少ししまり屋なのが欠点と言えば言える程度。芸術家として歩んだ道は決して平坦な道程ではなかったとしても、その人柄は、言ってみれば偉大な平凡人というところではなかったかと思う。」
~佐川吉男「ドヴォルザークの生涯と芸術」―作曲家別名曲解説ライブラリー

8 COMMENTS

雅之

おはようございます。

海外旅行よりも国内旅行のほうに圧倒的に憧れる(特に食事面)私ですが、プラハだけは、また訪れてみたいと今も強く願っています。それほど魅力的な街でした。

今朝は、いかにも岡本さんから「そう来るだろうな」と事前に予測されそうな、予定調和的コメントを(爆)。ズバリ、読み通り!!

エピソード
・鉄道ファンとしても知られている。1877年以降住んだプラハのアパートはプラハの本駅からほど近く、作曲に行き詰まると散歩に出かけ汽車を眺めて帰ってきたと伝えられる。また、招聘に応じアメリカに滞在したのもアメリカ大陸の鉄道に乗ることができると言う理由が一つにあったと言われている。ニューヨークにいたころには、毎日グランド・セントラル駅へ出掛けてシカゴ特急の機関車の車両番号を記録しており、用事があって駅まで行けない日には弟子に見に行かせていたという。これには、ドヴォルザークの幼少期、1845年にウィーンからプラハ、ドレスデンを結ぶ鉄道が開通し、この列車が故郷ネラホゼヴェスを経由していて近隣の話題となったことが影響していると指摘する研究者もいる。

・彼の鉄道好きについては、次のような逸話まである。ドヴォルザークは毎日同じ鉄道を利用しており、その列車が奏でる走行音を楽しんでいた。しかしある日、いつもと微妙に違う走行音が聞こえたため、ドヴォルザークが車掌にその旨を伝えたところ、車両から故障個所が見つかった。彼が鉄道ファンであることと、鋭い聴力を持つことが列車事故を防いだ。

・また彼は友人に「本物の機関車が手に入るなら自分が今まで作ったすべての曲と取り換えてもいいのに……」とつぶやいたことがあったという。

・2007年現在、「アントニン・ドヴォルザーク」号という特急列車が存在する(オーストリアのウィーンと、チェコのプラハを結ぶ)。・・・・・・ウィキペディア 「アントニン・ドヴォルザーク」より

いつかドヴォルザーク先生にお会いした時、感謝の気持ちから、お土産としてぜひ差し上げたい盤(名演など「音盤」を持っていくといった野暮な真似はしません・・・笑)。

「海外鉄道シリーズ 世界の蒸気機関車」 [DVD]
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岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。
お久しぶりです。

>ズバリ、読み通り!!

はい、全く予想通りの展開です(笑)。
ドヴォルザークが鉄道好きなのは有名な話だと思いますが、彼に優るとも劣らず雅之さんはすごいですね。
感心いたします(この分野はまったく知識がございません。それと興味もないというのが正直な話でして・・・)。

ドヴォルザークは朝型人間で良き夫であり、良き父でありますが、同じ鉄道好きの雅之さんも良い旦那さんであり、良いお父さんなんでしょうね。鉄道好きには良い人が多いのかも(笑)。
爪の垢を煎じて飲みたいくらいです。

>いつかドヴォルザーク先生にお会いした時、感謝の気持ちから、お土産としてぜひ差し上げたい盤
貴重な盤のご紹介ありがとうございます。

どれにしてもプラハは素晴らしいですよね。ブダペストなどもそうですが、中欧という土地は穢されていない、どうにも歴史を感じさせるところが素敵です(今はどうなっているのか知りませんが)。僕もまた行ってみたい土地の3本指に入っております。

本日もありがとうございます。

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雅之

そう言えば、鉄道ファンで有名な、宇野功芳氏がお気に入りの曲に、「新鉄道唱歌」というのがあるらしいです。
http://trefoglinefan.jugem.jp/?eid=346#sequel

評判を知って、一度でいいから聴いてみたくなり、その「名曲」が入っているCD
http://www.amazon.co.jp/dp/B00005EZGR/ref=nosim?tag=trefoglinefan-22&link_code=as3&creativeASIN=B00005EZGR&creative=3999&camp=767
を入手したくなり、「出品者からお求めいただけます」に、ちょっくら手を出してみようかという、危険な誘惑に駆られて困っています(笑)。

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岡本 浩和

>雅之様
こんにちは。
中川さんのブログでは宇野氏の面白そうなCDやコンサートがちょくちょく紹介されてますからね。
それにしても、いよいよ手を出しますか??!!(笑)
その暁にはぜひご感想を。

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雅之

>いよいよ手を出しますか??!!

いや、先程ユーチューブで調べたらどういう歌か分かりましたので、もう法外な値段の中古CDに手を出さなくて済みました。本当に危ないところでした(笑)。
http://www.youtube.com/watch?v=Qiuydp7FTbI

余談ばかりで恐縮ですが、鉄道に纏わるクラシック曲は色々あるし、たとえばシベリウスの第6交響曲も当然「銀河鉄道」なんですが、私が昔から鉄道といったら真っ先に思い出す曲は、ドヴォルザークでもシベリウスでもオネゲルの「パシフィック231」でもヨハン・シュトラウス2世「観光列車」でもなく、じつはシューベルトの交響曲「ザ・グレイト」なんです。あの単調な繰り返しや「天国的な長さ」は、「ゴトン、ゴトン」という列車の走行音や、のんびり鉄道に乗って旅する気分そのもので、これは高校の時初めてこの曲を聴いた時から現在までずっと一貫して変わらぬ個人的感想、密かな私だけの楽しみなのです。同じイメージを持つ人、世界で私の他に果たしているのかなあと、この曲を聴くたびに気になっています。

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岡本 浩和

>雅之様
こんばんは。
便利な時代ですよね。大抵はYoutubeで済みますからね(笑)。

なるほど、鉄道=「ザ・グレイト」ですか!
それは斬新な発想です。それに、そう言われればその通りに思えます。大発見じゃないですか!!(笑)

ところで、余談ついでですが、偶然シベリウスの6番の話題が出て吃驚しました。
明日、知人が舞台に乗るということで、下記のアマオケのコンサートに行くことになっております。
http://www.suginamikoukaidou.com/concert/detail.php?year=2012&month=4&day=22#cal_1922

アイノラ交響楽団第9回定期演奏会

シベリウスの名曲と隠れた秘曲(?)目白押しです。楽しみです。

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雅之

>アイノラ交響楽団第9回定期演奏会

それは羨ましいです!!
シベリウスの第6交響曲は、私も遠い学生オケ時代、当時から下手でしたが実演で弾いたことがあり、とても愛着がある曲です。それと、「隠れた秘曲たち」の実演が聴けるのも貴重ですね。
せっかくのよい機会なので、シベリウス:ヴァイオリン協奏曲では、いつもと一味違うお勧めの「楽器聴き」について僭越ながら・・・。(以前にもコメントで触れたことがありましたが)試しに、ソロ・ヴァイオリニストではなく、ティンパニ奏者の立場のほうに注目する重点を移動してみてください(叩いてない時も)。きっと面白い発見が出来ますよ。

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岡本 浩和

>雅之様

>ソロ・ヴァイオリニストではなく、ティンパニ奏者の立場のほうに注目する重点を移動してみてください(叩いてない時も)。

なるほど!貴重なご意見をありがとうございます。
愉しんできます。

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