あらためてスーク追悼

さて、予定通り60年代後半にスークがパネンカと録音したベートーヴェンのソナタ全集から1枚を取り出して聴いている。まだ社会主義の色に染まっていた当時の中欧の政治的背景については説明されないとすっかり忘れてしまいそうな、そんなことを一切感じさせないベートーヴェンの音楽だけが鳴る、「地味な」演奏だなというのが初めて聴いた時の印象。
しかしながら、芯が通っていて、揺るぎない確信の下2人の名手が互いに互いを尊重しながら溶け合ってゆくことが最初の音を聴いただけでとてもよく理解できる。これほどの美音、こんなにも愛らしい調和。若き日には感じ得なかった「音楽の極意(あの時代だからこその空気感も含めて)」がこの年になってようやく、しかもスークの死をきっかけに久しぶりに取り出して初めて理解できた。
不思議な感覚である。

ベートーヴェン:
・ヴァイオリン・ソナタ第4番イ短調作品23(1966.10.18-21)
・ヴァイオリン・ソナタ第5番ヘ長調作品24「春」(1967.6.12-14)
・ヴァイオリン・ソナタ第6番イ長調作品30-1(1967.9.4&10.4)
ヨゼフ・スーク(ヴァイオリン)
ヤン・パネンカ(ピアノ)

「ハイリゲンシュタットの遺書」以前のベートーヴェンというのは、別の意味で完成した、というより―語弊のある言い方を許されるなら―ある種傲慢な自信に満ちた解放感に溢れる作品を多数生み出した。耳の病が少しずつ表面化する中、あるいは個人的な人間関係における諸々の問題が頻出してゆく中、人間としての謙虚さを学習し、そのことが彼の音楽性に少なからず影響を与えるようになり、以後の「傑作の森」へと続く道程を切り開いていったのだと勝手に僕は空想するのだが、その最初の時期にあたる頃におそらく書かれたのだろうと思われるこれらのソナタは、楽聖の猪突猛進の前向きさと、愁いを帯びた悲観の心情が混ざり合い、何とも言えない「包含」に満ちた趣を呈する。
特にこのスークの録音は、その二面性がとても「自然に」表現されているところが好き。

ところで、梅雨が明けたよう。日中は立ち止まっていても汗が噴き出すほどの猛暑だったが、そんな中教え子の結婚式にお招ばれした。男と女というバイオリズムの全く違う生物が何十年と夫婦をやっていける秘訣というのは、互いに互いを尊重し合うことに始まり、それをきっかけにほんのわずかな瞬間でいいので「融け合う」(岡本太郎じゃないが)ことができる術を持つことなんじゃないかとふと思った。愚痴を言っても、喧嘩をしても、相手を必要とすることに意味があり、そしてその関係を続けていくこと、そう、何事も継続していくことなんだ・・・。

スーク&パネンカのベートーヴェン全集、明日からまた1枚ずつゆっくり堪能してみようか・・・。


3 COMMENTS

雅之

おはようございます。

スークがパネンカのベートーヴェンについて全く同感です。

ちょっと岡本さんの読みを外さないと・・・ですね(笑)。

実演でも録音でも、スークと似た質の感銘を受けているヴァイオリニストに元ゲヴァントハウス管弦楽団の首席コンマスだった、カール・ズスケ(1934-)もいます。ズスケも大好きです。どちらかというと、スークのほうが澄んだ美音、ズスケのほうは東欧の街並みのように(ススケた)味わいが音色の中にありますが、どちらも飾り気や誇張や嘘のない、伝統を感じる質実剛健さが命です。

※愛聴盤

ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ集 ズスケ(vn)、オルベルツ(pf) 録音:1968年、他
http://www.hmv.co.jp/product/detail/2745277

ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第9番『クロイツェル』(+モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第28番、ほか) ズスケ(vn)、永冨和子(pf)(イン・ジャパン1979)
http://www.hmv.co.jp/product/detail/2708495

スークやズスケが好きな人って、シベリウス好き同様、コンサートに来るファン層も好きなんです。

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岡本 浩和

>雅之様
こんにちは。
ズスケ、いいですねぇ。
スークときたらズスケとくるだろうとやっぱり読んでいました(笑)。
まぁ、しかしその辺は予定調和ということで。

ちなみに、当時の東独あたりの録音というのは渋くて秘密めいていて、とても憧れでした。
ドイツ・シャルプラッテンなどもそうですが、鉄のカーテンの向こうの音楽というニュアンスに近い名演奏が、最近では破格の値段で買えることがとにかくマニア心を一層くすぐります。ズスケQのベートーヴェン全集なんて3000円超ですよ!もう、驚きです。

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