デュトワ指揮モントリオール響 ラヴェル バレエ音楽「ダフニスとクロエ」(1980.7-8録音)

相対の中にある悲哀と愉悦。恋というものがどれほど僕たちに熱をもたらすものなのか。そして、そこに敵があるがゆえの一層の情熱。すべては切磋琢磨なのだと思う。

音楽を書きながら私がめざしたのは、古代趣味よりも私の夢想のうちにあるギリシアに忠実であるような、音楽の巨大な壁画を作曲することだった。その壁画は、18世紀末のフランス画家たちが想像し描いたものに、いわばおのずと似通っている。作品は、きわめて厳格な調の設計にもとづき、少数の、展開が作品全体の交響的な均質性を確かなものにする動機によって、交響音楽として組み上げられている。
(モーリス・ラヴェル「自伝素描」より)
「作曲家別名曲解説ライブラリー11 ラヴェル」(音楽之友社)P25

ラヴェルの場合、夢想こそが傑作を生み出す源泉だった。
1911年のセルゲイ・ディアギレフとバレエ・リュス。

そこでディアギレフは、次のニュースに進んだ。まもなくペテルブルグを訪れることになっている著名なフランスの作曲家モーリス・ラヴェルが、新しいバレエ曲を持ってくるというのである。ディアギレフはすでに新曲を依頼してあったらしい。これも神話で、ダフニスとクロエの物語である。全員が知っていたが、これはフォーキンのアイディアなのだ。フォーキンはギリシャ古典舞踊を再現しようというイザドラ・ダンカンの試みに共感していて、長い間ギリシャ・バレエの創作を夢見ていた。ラヴェルはこの仕事を引き受けてはいたが、作曲が非常に遅いので、ペテルブルグに招待したら、何か作曲を進める役に立つかと考えたのだ。ディアギレフの友人たちは歓待にこれ努め、ラヴェルはしばらく滞在し、でき上った部分を弾いて聴かせたりした。フォーキンとも長い間話し合った。だが、どうやら作曲は断片的で、帰国のときになっても、少しは曲は長くなったかもしれないが、完成には程遠かった。
とはいえ、いまやプログラムは決まった。「ペトルーシュカ」の美術はブノワ、「ナルシス」と「ダフニスとクロエ」はバクスト、「サトコ」はやはりロシア人の画家アニスフェリドである。新作の主要パートはすでに決まっていたようなものだ。すべてカルサーヴィナとニジンスキーが踊る。

セルゲイ・グリゴリエフ著/薄井憲二監訳/森瑠依子ほか訳「ディアギレフ・バレエ年代記1909-1929」(平凡社)P53

夢のような舞台である。
ラヴェルの遅筆は有名な話だが、最大の傑作たるこのバレエ音楽は、バレエ・リュスはもとより、ストラヴィンスキーなどの名だたるライヴァルの存在、そして、舞台を創出するニジンスキーやカルサーヴィナ、あるいはフォーキンやバクストあってのものだと痛感する。1時間近くに及ぶ壮大な音の絵巻は、繰り返し聴くことで、ある日ある時、その真意がつかめる。

・ラヴェル:バレエ音楽「ダフニスとクロエ」(1909-10)
ティモシー・ハッチンズ(フルート)
シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団&合唱団(1980.7.25-8.2録音)

いわば小さな恋の物語。古代ギリシャの物語を、千数百年ののち、ラヴェルは目くるめく濃厚な筆致によって壮大な音絵巻を創出した。登場人物それぞれに主題を与え、その動機が交響的に絡み合う様子にリヒャルト・ワーグナーに通ずる天才を見出せよう。

第1場
・序奏と宗教的な踊り
・全員の踊り
・ドルコンのグロテスクな踊り
・ダフニスの優雅で軽やかな踊り
・リュセイオンの踊り
・ゆっくりと神秘的な踊り
第2場
・序奏
・戦いの踊り
・クロエの哀願の踊り
第3場
・夜明け
・ダフニスとクロエの無言劇
・全員の踊り

ダフニス、クロエはもちろんドルコンの主題などもラヴェルならではの奧妙な響きだが、やはり大団円に向って開放され、推進力抜群の音響を誇る第3場こそモーリス・ラヴェルの真骨頂だろう。
僕はこのデュトワの録音を繰り返し聴くことで「ダフニスとクロエ」の素晴らしさに開眼した。44年前のものとは思えぬ溌剌さ、あるいは情念に指揮者の棒の確かさを思う。
第1場序奏から奥深さ、そして舞踊の喜び、官能の発露、あらゆる情感が見事に表現される。特に音盤で聴く場合、バレエのシーンを想像しての文字通り「交響」の美しさはモーリス・ラヴェルの成せる業。

過去記事(2017年1月31日)
過去記事(2017年11月20日)


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