イアン・ボストリッジ&内田光子の2004年3月の来日公演の録画を観た。プログラムはシューベルトの「美しき水車屋の娘」。ここのところのシューベルト・ブーム(?)に乗って、久しぶりに取り出してみたが、ちょうど1時間ほどのこの連作歌曲集の魅力をあらためて知らしめられた。それはもちろんボストリッジの表情豊かで、感情を伴う抜群の歌唱力に依るところが大きいが、それよりも僕はやっぱり内田光子の器の大きさ、そして彼女のシューベルトに対しての洞察力の深さと愛情に一目を置く。第1曲「さすらい」の前奏から、どうにも希望に満ちた響きで、この時点では粉ひきの青年がまだまだ前途洋洋である、そんな思いを胸の奥に秘めることが如実に示される。本当に上手い。例えば、第7曲「いらだち」の恋愛感情の切迫感はいかばかりか!あるいは、第10曲「涙の雨」のふられる青年の静かな哀しみ・・・。
やっぱりこの作品の真骨頂は後半にある。どうにもやるせない気持ちと自己憐憫と潔さと・・・。真に彼は勝手である(笑)。
シューベルトは自身の体験と明らかにミュラーの連作詩を重ねていると思うが、ボストリッジの歌唱を聴いて、この物語が決して幻想などではなく、とても現実的な試練として眼前に現れているんだということがわかって面白い。何よりボストリッジと内田と、それぞれの感情移入がここまでの表現を可能にしているのだろう・・・。実演に触れられなかったことが悔やまれる。
シューベルト:歌曲集「美しき水車屋の娘」D795
イアン・ボストリッジ(テノール)
内田光子(ピアノ)
2004.3.21Live、サントリーホール
第12曲「休み」を聴くとほっとする。ここが主人公の青年の感情の分岐点だ。その意味では客観的な思考。こういう音楽は本当に美しい。
この公演、内田の方からボストリッジに打診があり、実現したものだそうだが、何とも内田のボストリッジへの惚れ込みようが音の一粒一粒から伝わってきて、感動的。何より内田自身が本当に楽しそうに演奏しているところが素敵。
歌曲集「冬の旅」の絶望に比べると「水車屋の娘」にはまだまだ余裕がある。というよりあまりに人間臭く・・・。
第20曲「小川の子守歌」が流れる。僕にはやっぱり「希望」が聴こえる。
[…] ボストリッジ&内田の「水車屋の娘」@サントリーホール […]
[…] そんな矢先、これまた仙波知司さんから素敵なプレゼントが届いた。 先頃、ボストリッジと内田光子によるシューベルトの「美しき水車小屋の娘」を採り上げたところ、福井敬&横山幸雄による松本隆日本語訳「水車小屋」があるがお持ちかというメッセージをいただいた。存在はもちろん知っていたが、何だかゲテモノ扱いをしていたようで完全に無視していた代物。しかしながら、ここのところはそういう新たな試みに俄然興味を抱いていたこともあり、そして何より「水車小屋」の魅力を再発見した時だったので、厚かましいとは存じながら二つ返事でお願いした。 […]
[…] シューベルト: ・歌曲集「美しき水車小屋の娘」(ミュラー原詩、松本隆日本語詞) ・魔王(ゲーテ原詩、松本隆日本語詞) ・アヴェ・マリア(スコット原詩、松本隆日本語詞) 福井敬(テノール) 横山幸雄(ピアノ) 松本隆(プロデュース)(2004.3.29-31録音) 松本隆の詩の力により、ミュラーとシューベルトの心の叫びがひとつになって直接訴えかけてくるよう。僕はやっぱり、恋に破れた青年が自暴自棄になり、死に向かって進みゆく第11曲以降が好きだな・・・。 第12曲「休憩」はほっとする瞬間だ。福井の歌唱はもちろんのこと、横山のピアノ伴奏が天才的ひらめきを見せる。内田光子のも素晴らしいと感じたが、静かに流れる前奏から何と心が落ち着くことか。果たしてこれほどまでに癒される音楽が他にあるのか。 第19曲「入水」は純白の美しさ。 […]