カルロス・クライバーの歌劇「カルメン」を観て思ふ

carlos_kleiber_bizet_carmen幕が進むごとに聴衆の熱気と感動が最高潮に達し、特にカルロス登場時の怒涛のような拍手喝采は、いかにこの当時から彼の人気が高かったかを象徴するよう。どの瞬間も生命力に溢れ、音楽の躍動感はカルロス・クライバーの真骨頂。
そして、カルメンに扮するエレーナ・オブラスツォワと、ドン・ホセを演じるプラシド・ドミンゴ、あるいはミカエラ役のイゾベル・ブキャナンの名演技、名歌唱あってこその最高の舞台(容姿、風采含め堂に入る)。

久しぶりに「カルメン」を観た。
ファム・ファタル、すなわち魔性の女を軸にする「究極のゲーム応酬物語」。ミカエラのような良妻賢母型の女性でなく、男はどうしてこうも癖のある女を好きになるのか・・・。カルメンの気性の激しさに翻弄されながら、最後は自身が言わばストーカー的行為により彼女を刺し殺してしまうという悲惨さ。初演当時、劇場側がせめてハッピーエンドにならないものか台本の訂正を交渉してきたというのだから、逆にこのオペラの真実性をそこに見るようだ。現代の一般社会において、僕たちの身の回りにおいて今まさに起こっている出来事と瓜二つでは・・・?

カルメンの深層には当然無意識の意図がある。流浪の民である彼女の心の奥底には、やっぱり「依存性」というものがあるんだ。出生なのか成育歴なのか、そのあたりはわからないが、暗い過去を背負いながら、カルメンは常に誰かを(男を)試さざるを得なかった。

ビゼー:歌劇「カルメン」
エレーナ・オブラスツォワ(カルメン、メゾソプラノ)
プラシド・ドミンゴ(ドン・ホセ、テノール)
ユーリ・マズロク(エスカミーリョ、バリトン)
イゾベル・ブキャナン(ミカエラ、ソプラノ)
チェリル・カンフシュ(フラスキータ、ソプラノ)
アクセル・ガル(メルセデス、ソプラノ)
クルト・リドゥル(スニガ、バリトン)
ハンス・ヘルム(モラレス、バリトン)
ハインツ・ツェドニク(レメンダード、テノール)
パウル・ヴォルフルム(ダンカイロ、バリトン)
ウィーン少年合唱団
カルロス・クライバー指揮ウィーン国立歌劇場管弦楽団&合唱団
フランコ・ゼッフィレッリ(演出・装置)(1978.12.9Live)

ところで、フリードリヒ・ニーチェの「ヴァーグナーの場合」と題する1888年のトリノ書簡はかの有名な「カルメン」絶賛から論が始まる。

私は昨日―あなたは信用なさるでしょうか?―ビゼーの傑作を聞いたが、これで20回目である。私はまたもや穏やかに心を傾けて持ちこたえた、私はまたもや逃げ出しはしなかった。私の焦燥に対するこうした勝利に私は驚いた。そうした作品はいかに人々を完成させてくれることか!人はおのれ自身がそのさい「傑作」となるのである。―そして実際、カルメンを聞くたびごとに私は、平生思っているよりも、私がいっそう哲学者であるような、いっそう優れた哲学者であるような気がした。たいへん気長に、たいへん幸福に、たいへんインド的に、あいへん腰のすわったものになったような気がした・・・5時間坐りつづけていること、これが神聖さへの第一段階である!―私は、ビゼーの管弦楽の音色こそ、私がいまなお持ちこたえるほとんど唯一のものであると言って差しつかえなかろうか?
ちくま学芸文庫「ニーチェ全集14」P288

その昔、僕はニーチェのこの言が理解できなかった。さらに、この哲学者は「カルメン」の音楽を次のように手放しで絶賛する。

この音楽は私には完全なものと思われる。それは、軽やかに、しなやかに、慇懃にやってくる。それは愛嬌があり、それは汗をかくことがない。「優れたものは軽やかであり、一切の神的なものは華奢な足で走る」、これが私の美学の第一命題である。この音楽は意地わるで、洗練されており、宿命論的である。しかもそれはあくまで大衆的であり―それは、個々人の洗練さではなく、種族の洗練さをもっている。それは豊かである。それは精密である。
~同上書P288-289

ビゼーがワーグナー以上ということはよもやあるまいと。
しかし、カルロス・クライバーの40年近く前の映像をあらためて観て、ニーチェの言葉があながち大袈裟でないようにも思えた。何より「優れたものは軽やかであり、一切の神的なものは華奢な足で走る」という言葉に納得。それほどに「カルメン」の音楽は素晴らしい。

ただし一方でニーチェのこの論文を無暗に賞賛、受容するつもりも僕にはない。というのも、原文を未確認なのでわからないが、文章にあまりに「主語」が多いことが、当時のニーチェの自意識過剰を示されるようで実に気味が悪いから。ひょっとすると既に精神を崩壊させつつあったニーチェはカルメンの心理にワーグナーを投影し、そしてドン・ホセに自らをなぞらえて、抑えきれない怒りの衝動からこういう書簡を認めたのではないのかと・・・。

いや、余計な推論は止そう。カルロス・クライバー&ウィーン国立歌劇場の「カルメン」超絶名演奏を前にして邪推はナンセンスゆえ。

 

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