ブーレーズ指揮ロンドン響のヴェーベルン パッサカリア(1969.2.1録音)ほかを聴いて思ふ

何十年もしてからその意味、その意義がようやく理解できるということがある。
たとえ本人が認めなかろうと、作品は必ず創造者の手を離れ、独り歩きをするときが来るものだ。

30余年後の”Three Of A Perfect Pair”。
こんなにポップでありながら、かつストイックにプログレッシブなアルバムは他にないかも。アナログ時代、レフト・サイドとライト・サイドに分けられていた諸曲は、聴き方によっては「マンネリ」ともいえる常套の嵐だが、特にインストゥルメンタル曲において果敢な挑戦があるように僕は思う。

常に3年という期間を基準にしている。何かを成し遂げるにはそのくらいの時間がかかる。
地球音楽ライブラリー「キング・クリムゾン」(TOKYO FM出版)P34

石の上にも3年。
ロバート・フリップの言葉は重い。
エイドリアン・ブリューの歌唱が炸裂する。退廃的な”Model Man”、また、極めて進歩的で先鋭的な”Sleepless”に感化される。嗚呼、何て良い音楽だったのだろう・・・。

ガムラン的ポリリズムが、30余年の時を経て蘇る。彼らはやっぱり早過ぎたのだ。

苦しい・・・とても遅いんだ。もし、きちんと組織だててやり、我々にもレノン=マッカートニーがいて、ドラマーはもの静かで行儀が良く、他のギター・プレイヤーも文句を言わなければ・・・そこに、あるシステムが存在し、集められた素材から曲にしていくのはずっと早い作業になるだろうけど・・・我々にはとくにこれと言った方法がないし、見つけられない。と言うより捜そうとしていないかもしれないけど。
エリック・タム著/塚田千春訳「ロバート・フリップ―キング・クリムゾンからギター・クラフトまで」(宝島社)P177

ビル・ブルーフォードの、レコーディングにまつわる上記の言葉は謙遜のように思える。
例えば、(アナログ盤)A面最後の”Nuages”からB面最初の”Industry”における深遠な、この世のものとも思えぬ神がかり的音楽(本来この2曲には分断があるのだけれど)は、スピードではなく、定量システムがなかったがゆえのマジックである。思わず魂まで持っていかれそうになる。

・King Crimson:Three Of A Perfect Pair (1984)

Personnel
Adrian Belew (fretted and fretless guitars, lead vocals)
Robert Fripp (guitar, frippertronics)
Tony Levin (bass, backing vocals, stick, synth)
Bill Bruford (acoustic and electric drumming)

それにしても”Larks’ Tongues In Aspic Part III”はなくもがな。
人目を引こうとするこの恣意性がアルバムの陳腐な印象を助長する一因になっているから。

研ぎ澄まされたリズムの饗宴の裡に垣間見るアントン・ヴェーベルンの影。
妖艶な、退廃的音響が第4期キング・クリムゾンの方法と合致するのである。「ヴェーベルン全集」からの1枚。

ヴェーベルン:
・管弦楽のためのパッサカリア作品1(1908)(1969.2.1録音)
ピエール・ブーレーズ指揮ロンドン交響楽団
・軽やかなる小舟にて逃れよ作品2(シュテファン・ゲオルゲ詩)(1908)(1969.6.6録音)
ピエール・ブーレーズ指揮ジョン・オールディス合唱団
・「第7の環」による5つの歌曲作品3(シュテファン・ゲオルゲ詩)(1909)(1970.4.20録音)
・5つの歌曲作品4(シュテファン・ゲオルゲ詩)(1908-09)(1970.4.21録音)
ヘザー・ハーパー(ソプラノ)
チャールズ・ローゼン(ピアノ)
・弦楽四重奏のための5つの断章作品5(1909)(1970.2.27録音)
ジュリアード弦楽四重奏団
・管弦楽のための6つの小品作品6(1909)(1969.2.1録音)
ピエール・ブーレーズ指揮ロンドン交響楽団
・ヴァイオリンとピアノのための4つの小品作品7(1910)(1971.5.7録音)
アイザック・スターン(ヴァイオリン)
チャールズ・ローゼン(ピアノ)
・中声と8つの楽器のための2つの歌曲作品8(ライナー・マリア・リルケ詩)(1910)(1967.11.3録音)
ヘザー・ハーパー(ソプラノ)
ピエール・ブーレーズ指揮ロンドン交響楽団メンバー
・弦楽四重奏のための6つのバガテル作品9(1913)(1970.2.27録音)
ジュリアード弦楽四重奏団
・管弦楽のための5つの小品作品10(1911-13)(1969.2.1録音)
ピエール・ブーレーズ指揮ロンドン交響楽団
・チェロとピアノのための3つの小品作品11(1914)(1972.3.29録音)
グレゴール・ピアティゴルスキー(チェロ)
チャールズ・ローゼン(ピアノ)
・4つの歌曲作品12(1915-17)(1970.4.20録音)
ヘザー・ハーパー(ソプラノ)
チャールズ・ローゼン(ピアノ)

ただひたすら簡潔な音の洪水に浸るべきがアントン・ヴェーベルン。十字軍たるブーレーズの、指揮を始めた頃の再生の鮮烈さ。あるいは、ジュリアード弦楽四重奏団の、やはり透明で鋼のような響きに卒倒。

知覚に関する基本的な問題の生じることがときにある。たとえば大ホールでは、周囲の騒音は、大ホールの場合だけであるが、音楽の強弱のレベルを覆い隠す傾向がある。他方、ホールいっぱいの聴衆との心理的な関係が確立するのは、時間の余裕や十分な耳の余裕を使いこなすときだけである。そうでなければ、そうした関係はできあがるや否や砕けてしまい、別の作品を演奏するたびに「聴取の回路」を新たに作り出す努力を繰り返さなければならなくなる。
ヴェロニク・ピュシャラ著/神月朋子訳「ブーレーズ―ありのままの声で」(慶応義塾大学出版会)P32-33

音楽こそ「関係」の中にあるということ。
アントン・ヴェーベルンが美しい。

 

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2 COMMENTS

みどり

先月亡くなられた藤岡幹大氏の動画なのですが…
https://www.youtube.com/watch?v=rjV3JT6KmGQ

クリムゾンが好きで、来日公演も「行ける時は行く」と仰っていました

クリムゾンのライヴって、どういうふうに観るんですか?と訊かれて
「神、降臨!みたいな感じ」と…(笑)

楽器フェアやライヴハウスで何度か実演を拝見しましたが
今生は有限なのだと、改めて思い知りました

返信する
岡本 浩和

>みどり様

藤岡さんは存じ上げなかったのですが、
お若いのに相当のクリムゾン・フリークだったようですね。
いただいた動画クリップは愛情こもった素晴らしい演奏だと思います。

>今生は有限なのだと、改めて思い知りました

ほんとですよね。身に染みます。
僕も日々、若者にはすべてが一期一会であり、瞬間の人間関係と
いただいた縁を大切にするようアドヴァイスをさせていただいております。

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