アバド指揮ミラノ・スカラ座管 ヴェルディ「シモン・ボッカネグラ」(1977.1録音)を聴いて思ふ

パオロが仕掛けた罠にはまり、シモンは最期を迎えるが、死によって対立が和解に転じることになるというその方法は、古今、人間世界そのもののセオリーだ。社会で起こるすべては思考や感情の鎧から生じるということ。

つまり精神は重くなると水になってしまい、その代わりに知性がルシファーのごとき不遜をもって、かつて精神が占めていた王座を奪った。精神ならこころに対する《父権》を要求してもよいが、しかしこの世のものである知性は人間の刀か槌にすぎず精神世界の創造者ではないのだから、こころの父を僭称することは許されない。
C.G.ユング/林道義訳「元型論」(増補改訂版)(紀伊國屋書店)P44

生き別れになった父と娘の再会。
「シモン・ボッカネグラ」第1幕のクライマックス・シーンは、いつ聴いても感動的だ。
シモンとアメーリアの壮絶な二重唱「貧しい一人の女に~娘よ、その名を呼ぶだけで胸が躍る」。あまりに人間的であり、(それゆえに様々な思惑が入り乱れる物語の中で)感極まる涙ながらの場面を音だけで感化するカプッチッリとフレーニの一体。否、そこに流麗かつ重厚な音楽を付すアバドとスカラ座管弦楽団の力量に「神がかり」を思う。クラウディオ・アバドは、人間社会を描かせると、実に巧みだ。

総督(シモン)
娘!・・・その呼び名に胸は高鳴る、
天が私の前に開けたようだ・・・
言葉に表しようのない世界を、喜びをお前は私にもたらしてくれたのだ。
この楽園の扉を、やさしいこの父が開いてやろう・・・
私の冠の輝きはお前の栄光となるのだ。

アメーリア(マリア)
お父さま、あなたは見るでしょう。
孝行な娘がずっとあなたのおそばにいることを。
悲しい時には涙を拭いて差し上げましょう・・・
私たちは喜びの隠れ家を持ちましょう。
神さまだけがご存じの私は愛らしい鳩となります、
お父さまの宮殿の。

オペラ対訳プロジェクト

悲劇の最中の、一時の官能。人間の弱さと、しかし一方、肉親の絆の固さがこの一瞬に閉じ込められるという奇蹟。ジュゼッペ・ヴェルディ万歳。

・ヴェルディ:歌劇「シモン・ボッカネグラ」
ピエロ・カプッチッリ(シモン・ボッカネグラ、バリトン)
ミレッラ・フレーニ(マリア・ボッカネグラ、ソプラノ)
ニコライ・ギャウロフ(ヤーコポ・フィエスコ、バス)
ホセ・カレーラス(ガブリエーレ・アドルノ、テノール)
ジョゼ・ヴァン・ダム(パオロ・アルビアーニ、バリトン)
ジョヴァンニ・フォイアーニ(ピエトロ、バス)
アントニオ・サヴァスターノ(射手隊長、テノール)
マリア・ファウスタ・ガッラミーニ(侍女、メゾソプラノ)
クラウディオ・アバド指揮ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団(1977.1録音)

第3幕最終場、フィエスコとシモンの二重唱「わしは神のみ声に涙をながす」での、ギャウロフとカプッチッリの絡みのあまりの深み。そして、長年の確執が溶解する瞬間のアバドの紡ぎ出す音楽の感激。さらに、シモンの最期を描く幕切れの(シモン、マリア、ガブリエーレ、フィエスコによる)四重唱「偉大なる神よ」は、合唱とともに、筆舌に尽くし難いカタルシスを喚起する。

そうだ—嘆く、嘆くのだ、本当に
あらゆる生き物たち、自然は包まれるのだ。
悲しみのマントに!
オペラ対訳プロジェクト

空前絶後の超名演奏。

私はこれらの経験や考察から、一定の集合的に存在する無意識的な条件があることに気づいた。この条件は、創造的な空想活動の調整者、奨励者として働き、既存の意識材料を自らの目的のために利用することによって、その空想に見あった形象を呼び起こす。それらは夢を作り出す原動力とまったく同じように振舞うので、能動的想像—私はこの方法をこう名づけた—はある程度まで夢の代役をするのである。この無意識の調整者—私はその働き方からそれらをときに調整因と呼んだこともある—の存在は私には非常に重要であると思われたので、これをもとにいわゆる非個人的集合的無意識という仮説を立てた。
~同上書P336

ユングの言葉を引くまでもない、多大な経験や考察からの発露は、後世に甚大なる影響を及ぼすもの。
24年も後に、アリゴ・ボーイトの協力を得て生まれ変わった「シモン・ボッカネグラ」は、精密で大変な力作だ。ちなみに、改訂版初演から約2年の後、リヒャルト・ワーグナーの訃報に接し、ヴェルディはリコルディに宛て、次のような手紙を書いたという。

悲しい、悲しい、悲しいことです! ワーグナーが亡くなりました!!! 昨日手紙でそのことを読んで、何と言うか、ぞっとしました。議論は不要です。ひとりの偉人が亡くなったのです! 彼は芸術の歴史に非常に強力な刻印を残した人でした!!!
小畑恒夫著「作曲家◎人と作品シリーズ ヴェルディ」(音楽之友社)P181

音楽とは、中でもオペラとは、能動的想像力の賜物だ。

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