カルロス・クライバー指揮バイエルン国立管 ベートーヴェン「田園」(1983.11.7Live)を聴いて思ふ

ああ、わが最愛の子供よ、われわれが総てのことに一つの考えを持つようになってから、どんなに久しいことか!!—それは総ての人のなかに在ることが認められており、何もそれを隠したりする必要もない、美しい善良な心を持つに勝ることはありません。人はそのように見られたいなら、実体がその通りにならなければなりません。世界は一人の人を認めるに違いありません。世間は必ずしも間違っている訳ではありません。しかし、わたしはもっと高い目的をもっているのですから、そんなことは問題ではありません。
(1812年8月、テプリッツからベッティーナ・フォン・アルニム宛手紙)
「音楽の手帖 ベートーヴェン」(青土社)P241

「本質のみを語れ」とベートーヴェンは言った。「本質」とは神であり、愛であり、また良心のことだろう。ベートーヴェンの最終目的もそれだった。

音質の良し悪し云々は横に置く。
躍動感あふれる、目くるめく、素晴らしい演奏だ。
しかし、演奏以上に興味深いのが、終演後の(類稀なる)拍手喝采シーンにあえてインデックスを振り、3分以上も収録した点だ。

終楽章の最後の音が鳴り止んで、ぱらぱらと拍手が始まるが、(バツの悪い様子で)それはたちどころに消える。そして、一旦消えたかと思いきや、猛烈な喝采と歓喜の声が時間の経過とともに膨れ上がる様。聴衆の感動の度合いが音のドラマから想像容易だが、おそらく最初の拍手は指揮者の静止状態が続いていたところをフライング気味に誰かが遠慮がちに拍手を始め、それでも指揮者が動かないものだから殺気を感じて手を叩くことを止めたということなのだろう(それほどカルロス・クライバーは恐れられていた?)。

ドラマはむしろこういうところにある。
いかに緊張感凄まじい舞台だったか。ましてや相手はいつキャンセルするともわからないカルロス・クライバーなのだからなおさら。一期一会の舞台は、指揮者とオーケストラの、そして指揮者と聴衆の「駆け引き」だったのである。

・ベートーヴェン:交響曲第6番ヘ長調作品68「田園」
カルロス・クライバー指揮バイエルン国立管弦楽団(1983.11.7Live)

クライバーは「好きな人には徹底的にやさしく、嫌いな人には、徹底的にイジワルをする」そうで、練習の時などにもそうした彼の一面があらわれることがあるようだ。
WAVE31「カルロス・クライバー」(ペヨトル工房)P160

感情の起伏激しいカルロスの性質丸出しのエピソードだが、そういう彼の性格は演奏の出来不出来にも如実に現れる。録音のせいもあろう。生涯唯一と言われる「田園」交響曲も賛否両論の「名演奏」だ。猛烈なスピードを伴い、リズムは切れ、しかし、決して呼吸は浅くならず、ベートーヴェンの神髄を衝く。特に、第3楽章「田舎の人々の集い」以降、中でも第4楽章「雷雨、嵐」の凄まじさは別格。あるいは、終楽章「牧歌 嵐の後の喜ばしい感謝の気持ち」の喜びの躍動、とりわけクライマックス直後の、一転して静けさ満ちるコーダの寂寥感が堪らない。

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4 COMMENTS

ナカタ ヒロコ

おじゃまします。このCDを聴いてみました。第1楽章のスピードにまずびっくりしました。早く田園に着きたい、着いたらこれもしたい、あれもしたいとというはやる気持ちを抑えかねている感じ、田園の中で浮き立つ気持ちであちこちを訪ね歩いている光景を思い浮かべました。思いついてジンマン・トーンハレの演奏時間を見てみました。なんとクライバーの方が2分以上も速い!2番目の驚きは嵐が来た時の迫力でした。
父エーリッヒの「田園」も聴きなおしてみました。自分も小川のほとりで流れをながめたり、鳥の声をきいたりしているような気がしました。
 拍手のトラックも面白かったです。名演奏に慣れた本場の聴衆もフライング拍手があるのですね。
 親子巨匠指揮者として名高いカルロス・クライバーの「田園」を聴く機会を、ありがとうございました。

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岡本 浩和

>ナカタ ヒロコ 様

カルロス・クライバーの実演は、ベートーヴェンの第4番と第7番を聴きましたが、「田園」も聴いてみたかったです。しかし、彼が「田園」を採り上げたのはたった1回きりのこの時だけだそうで、このライヴが聴けた聴衆が本当に羨ましいです。
とはいえ、彼が「田園」を封印したのは、やっぱり父エーリヒの演奏が偉大だからでしょうか。エーリヒの演奏の方が格段に素晴らしいと僕は思います。

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ナカタ ヒロコ

岡本 浩和 様

 カルロス・クライバーの実演を聴かれた、それも2回も、すごいですね。いつも発売と共に売り切れた、とどこかに書いてありましたので。エーリヒ・クライバーの「田園」の方がお好きであること、僭越ながら、とてもうれしいです。曲への深い共感と愛情が感じられるように思います。

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岡本 浩和

>ナカタ ヒロコ 様

いえ、1度きりです。1986年5月19日の来日公演で、人見記念講堂での第4番&第7番、アンコールは「雷鳴と電光」&「こうもり」序曲でした。NHKで放映されたのでyoutubeで観ることができます。
https://www.youtube.com/watch?v=nWwWu4yyi7o

https://www.youtube.com/watch?v=FdneEtOv4Nc

https://www.youtube.com/watch?v=OqJK_s7I9EY

ちなみに、当時は意外に簡単にチケットは取れました。

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